⇩第六章 西城⇩
第36話 訪問客
堀に渡された橋を渡り、二重に設けられた城壁の内側に達します。
「綺麗な街並み、ですね」
周辺一体が霧に呑まれ、様式を同じくする建物が通りに面して配列されていました。扉はどれも閉ざされており、明かりの像が窓に時折浮かびます。
ヒサトが一軒の木戸を叩き、戸奥の空いた音が道路に響き渡りました。窓のカーテンが閉まり、白い布だけが外光で照らされます。
「他を当たりましょう」
倒れた町民が道路には点在しており、僕たちは彼らを避けて奥へと進んでいきます。住民の顔が、一つの家窓に透けているのを認めました。
窓台にランプが置かれ、照らされた顔が窓に張り付いた掌の向こう側に見えます。僕たちは彼に近づき、住民が戸を指で指し示しました。
「あんたたち、何しに来たんだい」
老年の女性が扉越しに語りかけ、くぐもった声が隙間から染み出てきます。
「止まない雨の原因を探し、また、魔王の行方を追っています」
「魔王、ってのは、怪物のことかい」
「そうですね」
老女が、咳き込みました。ヒサトは、耳を戸に向けています。
「悪いね、戸は開けちゃいけないんだ」
「お構いなく」
「でも、あんた方、向う宛はあるのかい。無いなら、館に行くといい」
「館」
霧が水玉となり、僕たちの羽織るケープに模様を描いていました。
「この西都は、王族に統治されているのさ。大通りを真っ直ぐ進むと館があって、彼らはそこに住んでいる」
「魔王も、そこに居るのでしょうか。この町の人々は、怪物を恐れていると伺いましたが」
「そうだね。でも、王様方は変わっちまったのさ。魂を、怪物に売ってしまったんだよ」
彼女は再び咳き込み始め、静かな街路に際立ちました。
「もう行きな。私もどうやら、そう長くはないらしい」
僕たちは背を扉に向け、大通りをまた辿り始めます。やがて、数々の明かりを前方に認めました。
歩みを進め、大きな塀と門、奥にある館が霧の中から現れます。館の窓は幾つもの光を外に漏らしており、影がカーテンに時折投射されました。
「魔王城。その本館、というわけですか」
門は、固く閉ざされています。
僕は氷粉を鉄扉同士の隙間から送り、体を門の内側で再構成します。門は幾つもの錠で繋ぎ止めてあり、氷刃で壊すことは叶いませんでした。
僕は、シャマナたちの下へ一旦戻ります。忍び返しが、塀と門の天面に敷き詰められていました。
「登るしか、無いようですね」
僕は石塀の濡れた表面を凍らせ、霜が壁中に走っていきます。体を霜から復活させることを繰り返し、皆で僕だったものたちを山状に積み上げていきました。
僕がまず塀の上に立ち、棘が足に食い込みます。シャマナとヒサトを引き上げ、彼らが地面に着地しました。
シャマナが砕けた体を白粘で継ぎ、ヒサトも身体に走った亀裂を修復しています。僕も彼らを追い、癒術を体に掛けました。
広い前庭の隅を進みます。庭園の草木は雨に枯れ果て、白化した色合いが灰色の霧と混じり合っていました。
「裏手に回りましょう」
僕たちは閉じた正面玄関を避け、内部へ繋がる侵入経路を探します。明かりの灯っていない窓を見つけ、中を覗き込みました。
外光が無人の炊事場を微かに照らし、僕の輪郭が影を床に描いています。隙間風が窓の間に吹いていることを確認し、白い靄が僕の腕から発されて室内に吸い込まれていきました。
窓を静かに解錠し、僅かな軋みの音も立てないよう慎重に開けます。そして、僕たちは足を炊事場の床に付きました。
室内は綺麗に清掃されており、僕の足跡が床に泥として残ります。前方の扉を開け、明るい廊下に繋がっていました。
シャマナが、グラスを静かに割ります。小さな音が、周囲に微かとは言え伝播しました。
「何の音かしら」
カーペットを踏む柔らかな足音が、扉口から聞こえてきます。僕たちは食器棚やテーブルの影に隠れ、息を潜めました。
シャマナの腕から生えた氷柱が、給仕の喉を打ち抜きます。倒れた彼女を曲げて保存庫にしまい、ヒサトが衣装を着替えました。
「無いよりはまし、でしょうね」
「私たちは、どうしましょうか」
「洗濯室を探してきます」
ヒサトが、炊事場を後にしました。シャマナが棚を開け、銀食器が彼女の面を反射しています。
「ヤツエさん、この扉」
彼女が廊下方面とは別の扉を開け、内部を隙間から伺っていました。
「下り階段があります」
僕たちは地下への暗い階段を進み、湿って温い空気が頬を撫でていきます。段差を静かに下り、曲がり角の壁が橙色の光で照らされていました。
壁に張り付いて様子を伺います。目が、使用人の一人と合いました。
「誰だ」
僕たちは氷刃を生やし、柘榴色の水が透き通った刃を伝っていきます。鋭い刃先が骨に当たり、刃は引き抜かれて柔い箇所に当たりました。
二人だけが地下貯蔵庫に立ち、分厚い壁は外の物音を阻んでいます。使用人の服は所々が錆色に染まり、僕は比較的きれいなものを選んで着替えました。
「あとは、私だけですね」
シャマナの体型に合う服が、見つかるかどうか。僕たちは貯蔵庫を巡り、人気のないことを確認しました。
地上への階段に一歩踏み出し、揺れる服を柘榴色のまだら模様に着彩されています。炊事場に戻り、肌についた体液を盥の水で濯ぎました。
「見つけました、こちらへ」
ヒサトが、炊事場に戻ってきました。僕たちは彼に従い、無人の廊下を忍び足で進みます。
「老若男女が、暮らしているようです」
彼は腰高のキャビネットを指し示し、シャマナサイズの服が天板上に置かれていました。キャビネットの両開きドアが、雫を床に滴らせています。
僕たちは液の付着した衣装を脱ぎ、まっさらで切傷のない服に着替えました。容姿を姿見で確認し、身なりを整えます。
「出発しましょう」
洗濯室を後にし、三名の使用人が廊下に繰り出しました。
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