第35話 開門

 馬車は林道を走り、車輪がついに首都へ踏み入ります。荷台が石畳の上を駆け、僕たちは半週間ぶりに東屋へ戻ってきました。

「どうも」

 ケーナが、顔を合わせずに挨拶します。僕とシャマナはヒサトの横に腰掛け、彼女と向かい合いました。

「南都も無事に攻略できました」

「お二人とも、お疲れ様です。西に行けるみたいですよ」

 ヒサトは、手をケーナ側にある遊技盤に伸ばしました。指は何にも阻まれず、白い駒へ辿り着きます。

「では、行きましょうか」

 彼が、席を立とうとします。

「え、まだ試合中だけど」

「すみません、用事があるんですよ」

「勝ち逃げなんて卑怯だよ」

 ケーナが、ヒサトの手元を指差しました。紫色の結晶が、金色のうねる輪に填まっています。

「元々、私たちの者じゃないでしょう」

「くそ」

 パキパキという音が立ち始め、ヒビがケーナの顔に走ります。


「勝ちたかったなあ」


 彼女は静かに破裂し、土塊が椅子と天板に積もりました。土煙が屋根の下に立ち込め、遊戯盤や書籍の表面に降り立ちます。

 ヒサトは土をそっと払い、本はシャマナに手渡しました。そして、僕たちは荷台に乗り込んで西方に出発します。

 空が暗みを帯び始め、尖塔が霧の向こうに頭を覗かせ始めました。

「教会、でしょうか」

「おそらく。ただ」

 馬車が錆びた門の前に停まり、枯死した蔦が石塀中に貼り付いています。門は少し開け放たれており、人が通るには十分な隙間でした。

「廃教会、ですね」

 僕たちはアプローチを辿り、ヒサトが周囲を見渡しています。

「白星町との距離が、ありますから。西都は、閉鎖的ですしね」

 道の面影は立ち枯れた草むらに無く、僕たちは本堂の扉を開けようとします。ノックしても応答はなく、扉に何回かぶつかると錠前が砕ける音がくぐもって聞こえました。

 入口付近の床に落ちたかんぬきを横に退け、足を本堂内部に踏み入れます。足音が堂内に反響し、僕とシャマナは長椅子に腰掛けました。

 暗く青い光が、上方の窓から漏れこんでいます。

「私は、中の様子を見てきます」

 ヒサトが框を潜り、奥の闇へと消えました。こもった匂いが、堂内に立ち込めています。

 シャマナは持ってきた本のページを捲り、僕は香りの良い枝を口に含みました。

「私も、それ食べてみていいですか」

 もう一本を懐から出し、彼女に手渡します。唇が開き、整った歯が枝をかみました。

「いい香りですね、味は分かりませんが」

 シャマナは本の文字を再び追い始め、僕は目蓋を閉じて微睡みに沈みます。


「人が、居ます」


 シャマナに促されて目を覚まし、ヒサトが身廊に戻ってきていました。

「地下倉庫をねぐらにしていたようです」

 僕たちは暗い階段を下り、湿った地下通路を進みます。樽や棚が倉庫に立ち並び、隣接する部屋に入ると男の姿を認めました。

「あんた方、教会の人か」

 彼の頬はこけ、眼孔も窪んでいます。汚れた布が床に敷かれ、黴の生えた干し肉が茶けた皿に載っていました。

「咎めるつもりは、ございませんよ。私たちは、西都に行くつもりです」

「西ねえ」

 男は赤黒い液体をくすんだグラスに注ぎ、中身を煽ります。

「高い壁をなぜ築いたのでしょうね」

「そりゃ、身を守るためじゃないかい」

「他の町との戦に備えて」

「人というか、ううん」

 男は壁によりかかり、足を床に伸ばしました。

「魔物から、じゃないかねえ。この辺に住むもんなら誰でも聞いたことがある民話がある」

「是非、伺いたいですね」

 男は、グラスの液体を口に含みました。

「魔境ってのが、西の果てにはあるんだそうだ」

「はい」

「恐ろしい怪物が魔境に住んでいて、山を越えてやってくる。だから、人気のないところには行くな。食われちまうぞ、ってね」

 一個のランプが窓のない地下室の灯りとなり、揺らいだ火が僕たちの顔を照らし出しています。

「怪物を恐れて、高い壁で町を囲った、と」

「かもしれない、程度の話だけどな。私も、あの町の生まれではないし」

 男が、膝を擦りました。

「時間を割いて頂き、有難う御座いました。私共は、上に戻りますので」

「ああ。しかし、外は雨でも降ってるのかい。冷えてしょうがない」

「私たちは、雨の原因を探しに行きます。外にはしばらく出ないほうが良いでしょうね」

「そうかい、お気を付けて」

 僕たちは背を男に向け、地下倉庫を後にします。身廊の長椅子に横たわり、湿った木が軋んで音を立てました。

「生存者は、西都にも居るんでしょうか」

 シャマナの声が、堂内に響きます。

「どうでしょうね。雨はたとえ凌げても、食料や寒さへの対策があるのかどうか」

 ヒサトの声が天上に消え、僕は目蓋を閉じました。厚い壁が雨風を防ぎ、静寂が教会を支配しています。


「さて、どうやって入りましょうか」


 馬車は教会を今朝に出発し、街道を道なりに進みました。農地を縫って進むと地平線がせり上がり始め、高い石壁が姿を霧雨の中から表します。

 そして、僕たちは巨大な落とし格子の前に今立ち尽くしていました。

「警備も、見当たりませんね」

 シャマナの氷刃が格子に当たり、ヒビが剣身に入って刃こぼれします。僕は氷の刺剣を手から生やし、格子の穴に通してからテコの原理で折りました。

 格子の向こう側に落ちた氷片が、体を生やします。

「巻き上げ機が、どこかにあるはずです」

 僕は鎖を目で辿り、末端がウィンチに巻かれていました。ストッパーを解除してレバーを回し、格子の杭が地面から引き抜かれていきます。

 格子が限界まで上がり、僕はウィンチをストッパーで固定します。二人が門を潜り、僕たちは足を西都の領内に踏み入れました。

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