第32話 北へ
僕とシャマナは、北をまず目指しました。街道を辿り、夕暮れ前に村へ到着します。
「明朝に発ちましょう」
僕たちは御者と別れ、足を村の内部へ踏み入れました。家屋の扉は閉ざされ、人が時折道端に置かれています。
村を囲む平原は霧雨にかすみ、遠くの森と山が輪郭を微かに浮かばせていました。眼下の人間が、指を微かに動かします。
僕は癒術を彼に掛け、しかし、効果は見られません。大癒術の光が彼を包み、肘を泥に付きます。
男性は目を細め、僕を見上げます。
「あなたは」
彼は一言発した後に顔を歪ませ、地面に再び突っ伏しました。シャマナが僕の袖を引っ張ります。
視線を彼女の指差す方向に向けると、霧の向こう、巨大な風貌の何かが家屋の物陰から覗き始めました。頭部らしき部分が屋根の上にはみ出ています。
人型の輪郭があらわになり、変色した人々が巨体を構成していました。僕は大癒術を唱え、数名が巨人の表面から剥がれ落ちます。
地面に落ちた彼らは再び動かなくなり、巨人が彼らを掬って体に貼り付けました。鈍重に、しかし、確かな足取りでこちらへ歩み寄ってきます。
「セツギ、本体はどこに」
シャマナが透明な杭を氷の腕から生やし、巨人の足を打ち抜きました。僕は体から生やした氷柱を手折り、巨人の頭部に向かって投げつけます。
体を氷柱から再構成し、頭に張り付いて死体の隙間から水を流し込みました。氷刃を浸透した水から生やし、頭部を内部から裂きます。
膝をついた巨人が腕を振り、シャマナに直撃して吹っ飛びました。僕は巨人の首断面から内部へ氷の爪で掘り進み、生きた頭部を胴体に見つけます。
頭が僕を見上げ、目が合いました。僕は、彼の頭蓋を鷲掴みます。
「冷たいね」
手を握りしめ、食い込んだ爪が魔人の頭部を粉砕しました。彼は土塊と化し、巨人の身体が崩れ始めます。
人々が次々に地面へ落ち、僕は彼らの一人に着地しました。ぬかるんだ泥道を進み、シャマナが激突して生まれたであろう家屋の穴を覗き込みます。
シャマナだったものが室内に散らばり、白い粘性物が部分の間に渡されていました。粘つきが収縮し、彼女の体を継ぎ始めます。
「まだ、戦えますよ」
ひび割れた笑顔が、白い歯を覗かせました。僕は彼女が元通りになるまで暗い屋内に落ち着きます。
外光が崩れた壁から漏れ込み、微小な雨が地面に積み重なった村民たちの輪郭を白く彩りました。
水溜りが家の床に出来ており、雨漏りした雫が水面を打ちます。角の丸い音が、過ぎゆく時を刻みました。
村は夜を迎え、僕たちは壁際に座って夜明けを待ちます。
極めて暗い紫色の夜半を迎え、横を見るとシャマナが指を動かしていました。氷の花が、指先で咲いています。
「静かですね」
彼女は、花を手折って床へ置きました。一輪の氷花が、小鳥や動物の氷像に混じります。
僕は向き直り、目蓋を閉じました。眠気はなく、ただ習慣に任せて。
屋外が徐々に白み始め、村人たちの姿が明晰に見え始めます。僕たちは道に出て馬車に乗り込みました。
御者が馬に命じ、車輪が街道を掛け始めます。昼前に北都領へ辿り着きました。
馬車が農地と市街の狭間に停まり、僕とシャマナは大通りを進みます。
「あれは、広場のあたりですね」
小高い塔が、町並みから頭一つ抜けていました。僕たちは庁舎が在った場所へ向かい、広場に立つ塔の足元が見え始めます。
小柄な魔人が一人居て、黄色の剣を手に握っていました。
「腕、生えたんだ」
ジュネの顔が、黄色い発光に照らされています。
「この塔は渡せないよ」
「教えてくれるんですね」
僕たちは氷刃を腕から展開し、ジュネが皺を眉間に寄せました。
「その力」
シャマナと二手に別れ、挟撃を狙います。ジュネが剣先を僕へ向け、光の粒が僕から剣へと吸い込まれていきます。
迅雷が、僕の胴体を蒸発させました。刺々しい光が轟音とともに剣先から放たれ、頭部も爆散します。
燃焼時に生まれた水を頼りに体を復活させます。シャマナの刃先がジュネに到達しようとしていました。
彼は剣先を逸らし、彼女に狙いを定めます。そして、氷刃が彼の胴体を貫通し、シャマナが刃を振り抜きました。
黄色の剣がジュネの手から落ち、地面に音もなく着地します。人影が、塔の物陰から駆け出してきました。
僕は、氷片を人影の方へ投げます。人影は欠片を交わしてシャマナを蹴り飛ばし、剣を拾い上げるや否や広場から走り去って行きました。
シャマナが床にぶつかり、欠けた体を修復し始めます。
「変わったね」
ひびが、ジュネの傷口から全身へ拡大し始めていました。
「どうして撃たなかったんですか」
「何の話だい」
彼は、瞼を閉じます。
「今回は、出方を見たかっただけさ。次の残機のための、ね」
「本当に」
ジュネが口角を上げ、割れ目が首を走り始めました。
「じゃあね、シャマナ」
少年は塵となり、山となって広場の石畳に積もります。白い霧雨が土を黒く染め始め、あるいは、水流に削られて流れました。
僕たちは、塔の外壁を探ります。まっ平らな石板が壁に埋め込まれ、表面に手形の窪みが設けてありました。
僕は窪みに手を重ね、何の変化も見られません。シャマナが、手をはめると西の空が輝き始めました。
地上からはるか上空まで、そして、地平線まで見渡す限りにそびえ立つ光の壁。壁面が細かい格子状に一枚一枚剥がれ始め、破片が粒子となって消えていきます。
消失は壁の端まで至り、空は再び灰色に戻りました。
「終わった、のでしょうか」
シャマナの呟きが、広場に消えていきます。僕たちは塔に背を向け、大通りに戻りました。馬車が、霧雨の向こうで待っています。
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