第24話 講和
風が草原に青空の下で吹き、鳥たちが向こうの森から山に向かって飛んでいきました
「へっ、強えじゃねえか」
ヤハギが爽やかに笑い、身体は塵となって消えます。僕は隊員の傷を直し、ツルミとシャマナを連れ立って馬車に戻りました。
馬車隊が北都を目指して再び走り始めます。
「彼らを使わずに済んだな」
ツルミが、後方の馬車を親指で指しました。隊員たちの乾燥し積み重ねられた物が、幌の隙間から覗きます。
「よく考えつくものですね」
「物資が、それだけ不足しているんだろう」
僕たちは、一夜を明かす予定だった村に着きました。しかし、村民の部分が地面のあちらこちらに散らばり、建物も酷く損壊しています。
翠色の光が村に放たれ、彼らが次々に生き返っていきます。へそから上に衣をまとわぬ村民に近づきました。
「二人の訪問者が、村を訪れたんだ。そして、皆があっという間に死んっでいった」
「あの魔人たちの仕業か」
ツルミが、腕を組みます。
「申し訳ない。食事なども用意していたのだが、この有様だ。無事なものだけ、改めてお渡ししたい」
「構いません。それらは皆さんだけで分け合ってください。馬車だけ停めさせていただければ」
「ええ、是非使ってください」
馬車隊は車を村に寄せ、日が暮れ始めました。陽光が、血の染み込んだ地面や破れた服をまとう村民たちを照らしています。
僕は、布を荷台に敷いて寝転がります。木の軋む音が、背中に少し響きました。
「寝ないのか」
仰向けのツルミが肘をついて上体を起こし、シャマナは腰を荷台の縁におろして夜を眺めています。
「眠くならないんです。何かあったら、起こしますね」
「そうか。よろしく頼む」
シャマナが外に降り、幌の隙間を閉じました。僕は目蓋を閉じ、耳を風が幌を時折揺らす音に澄ませます。
「おはようございます、ヤツエさん」
シャマナが、果物を手渡してきました。暁の碧色が幌の屋根に仄かに透けています。
「近くの林で見つけたんです。場所を村の方々にも伝えました」
「心配いらない。食べても大丈夫な種類だ」
ツルミが、背中を荷台に預けながら果物を口に入れています。僕も一つ口に含み、舌が瑞々しい甘味と皮の渋みを感じました。
「ツルミさんが、お詳しくて助かりました。私は知識もないですし、味もよく分からないので」
「町に居た頃は山によく行ってたんだ。色々そこで教わったよ」
「ツルミさんたちは白星町の生まれなんですか」
「そう。君は」
東の空が白み始め、雲の底面がオレンジ色に焼けています。
「私は、気付いたら一人でした。背丈も変わらず、魔人とはそういうものらしいです」
陽光がくっきりとした影を地面に生み出し始め、僕たちは出発の支度を始めます。
「皆様方」
僕は砂利の踏まれる音を聞き、村長が見送りに来られました。
「魔人を始末して頂き、有難う御座いました」
「帰りにまた寄らせていただきます」
「北都から先日連絡をいただきましたが、どうやら緊張状態にあるようです。お気を付けて」
車輪が回り、馬車隊は街道を行きます。真昼には関所に到着しました。
僕たちは無事に入国し、馬車が領地に入ります。一面に畑が広がり、畜舎もあちこちに点在していました。
市街地に入り、庁舎の付近で馬車から降ります。
「北都へようこそ。歓迎いたします」
町長が、僕たちをにこやかに迎えました。もう一人彼女のそばに居り、僕たちの方へ進み出ます。
「ご紹介いたします。此方の彼が、新しい側近のロウゲンです」
「皆様、始めまして。ロウゲンと申します」
驚かないでくださいね、と町長が手を当て、微笑みました。
「彼は、魔人なんですよ」
背高の魔人が口を閉じ、同じく微笑みます。
「えっと、私たちは貴都からの支援要請を承ってこちらへ参上したのですが」
数秒の間が過ぎ、ツルミが町長へ遠慮がちに尋ねました。
「ご心配を首都の皆様方にはお掛けしました。しかし、ご安心ください。彼はとても素敵な方で、それに、私たちはもう戦わなくて良いのですよ」
「戦わくていい、ですって」
「はい、そう突拍子もない話ではないでしょう。例えばそこの御方も魔人で、貴方がたと仕事を共にしていますよね」
町長が、仰向けた手をシャマナに向けました。彼女が腰前に組んだ手の親指が、引っ掻き合います。
「ご連絡を首長さんから頂いたんです。魔人が隊員に一人混ざっているが心配しないでほしい、とね」
「その、ロウゲン様とはいつ知り合われたのですか」
ツルミが心を落ち着け、言葉を紡ぎ出します。町長が、手を老元の肩に回しました。
「要請を出した後にです。私ったら、敵だとすっかり思ってしまって」
「中々に刺激的な歓迎だった、と記憶しております」
「まあ、ロウゲンったら」
町長がロウゲンに軽く肘打ちし、彼もうっすら微笑みます。
「まあ、貴方がたでさえ驚いているようですから、他町の人々には尚更でしょうね。文が、各都にもうすぐ届く頃合いだと思います。皆様は、首長からご連絡頂くまで北都に是非ご滞在ください。住まいなどもご用意いたしますよ」
「ありがとうございます。それで、その」
上品に甘い香りが町長室には漂っており、町長の机上に置かれたカップから白い湯気が立ち昇っていました。
「戦わなくていい、とうのは」
「ああ、それは」
ロウゲンが、手をそっと上げました。
「私が、ご説明してもよろしいでしょうか」
「そうね、是非そうして頂戴」
ロウゲンが手を口元に当て、静かに咳払いをしまいました。
「私は、魔王様の側近です。王は悲しみを直近に続いた争いや死んでいった同胞たちに覚え、一つの任を私に与えたのです」
「それが、この平和交渉、ということですか」
彼は、ツルミの言を聞いて微笑みました。
「はい。その通りです、間違いなく。ですから、私たちはもう戦わなくて良いんですよ」
ツルミが、視線をこちらへ投げかけています。シャマナも、また同じく。
日没の赤色が町長室の窓から流れ込み、僕たちを染め、足元から伸びた影が交わって黒を為していました。
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