⇩第四章 北上⇩

第23話 戦局

 僕は、夜明けと共に町へ繰り出します。青い影が、あちこちに貼られたテントから地面に伸びていました。

 町民を尋ねて周り、仔細が健康に無いかを伺います。

「おはようございます、ヤツエ先生。胃腸はおかげさまで、すっかり良くなりましたよ」

 リクの家を訪れ、玄関口で様態を確認しました。

「酒は、今も程々にやってます。町の酒屋も盛り返しましたし、まあ、あそこの主人もとんだ災難でしたね。もっと応援してやりたいですが、近頃は徴収が上がりましたから。教会からの補助で食いつなげていますけど、早くこの争いが終わって欲しいものです」

 僕は常備薬の補充を済ませ、リクの家を後にします。他の家々も回り終わり、出発の時間が診療所に着く頃には迫ってきていました。

 アイスケたちに診療所を任せ、シャマナを連れ立って町の入口に向かいました。

 空気の澄み渡った農地が、黄色に陽光で染まっています。僕たちは馬車に乗り込み、三台の馬車が白星町を去りました。

 修道院で夜を明かします。そして、僕は目を翌々朝に官舎で覚ました。


「あのシャマナという魔人の処遇だが」


 朝日が、首長室の窓から差し込んでいました。白星町長からの書簡が、中身を首長の机上で広げられています。

「対魔族討伐部隊に編入する運びと、成った。人間に協力的な魔人。使えるものは選り好みせずに使わないとな」

 首長が、布を引き出しから取り出しました。ジュネという魔人の肖像が、描かれてあります。

「これを複写し、首都中に貼りだす。まさか、魔人が既に潜伏していたとはな。さて」

 首長が、一句区切ります。

「東都が攻められ、町に多数の損害が出たわけだが、協力要請を北都と南都からも相次いで受け取った。三方に侵略して体力を削った後に、首都にそこから攻め入るつもりだろう。西都は相変わらず国交断絶中であり、頼りは首都だけだ。そこで、君たちには北都へ救援に向かってもらう。食料の一大供給地ゆえ、叩かれるとまずい」

「我々が出立し、手薄になった首都が攻め込まれるのではないでしょうか」

 ツルミが、問いを投げかけました。

「報告書によれば、そのアミュレットや体の一部を用いて復活し、移動できるのだろう。君たち二人のどちらかにも、隊員たちの部分と共に首都に残ってもらう」

「私が、残ります」

 トウヤが、手を上げます。

「了解した。それでは、ヤツエ隊長とツルミ隊員、北都をよろしく頼む」

 僕たちはそれぞれ寝室に戻り、荷造りを始めました。僕らは、北都へ隊員たちの死体が積み込みまれた馬車隊とともに出発しました。


「南都を切り捨てても、良かったんでしょうか」


 シャマナが、幌の外を眺めています。車輪が、音を舗装路と擦れて立てていました。

「負けると、決まったわけじゃない」

 ツルミがアミュレットをつまみ、質問に応じました。

「逆に、負ける可能性は僕たちにだってある」

「ヤツエさんが、居るのに」

 馬は、足を踏み出すたびに音をミシミシと立てています。

「大癒術は、万能じゃない。その力を持ってしても、多くの隊員たちとハジメ様を救えなかった。君は、エータを知ってるんだっけ」

「はい。剣の方ですね」

「アノウについてはどうだ」

「アノウ」

 シャマナが、翠色剣の鞘をさすりました。

「アノウちゃん。穴を開ける」

「あれに飲み込まれた隊員は、復活できていない。ヤツエは、このアミュレットを頼りにそれが出来たみたいだけど。そういう魔人は、他にも居るのだろうか」

 僕はケープを捲くり、腕全体に描かれた術文を確認しました。そして、革袋の水を口に運びます。

「すいません、私も内情には詳しくないので。ただ、魔王の力についてはジュネから聞きました」

「どんな」

「魔王は、火炎を操るそうです。ジュネも、どれくらいの規模なのかまでは知らないようでしけど」

「そのジュネについてなんだけど、彼は分身を操る、という理解で合ってるんだよね」

「はい。各地の魔人たちと魔王の間を能力で取り持っているそうです」

 馬車が、ゆっくりと減速していきます。僕は、噛んでいた芳しい枝を飲み込みました。

「前方へ確認してまいります。少々お待ちを」

 御者が、馬車から離れていきます。ツルミが置いていた矢筒を背負い、シャマナは鞘を腰から下げました。

 急いで駆け寄って来る音を外に聞きます。

「男が二人、道を塞いでいます」

 御者台に登った御者が、顔を幌から覗かせました。


「魔人か」


 ツルミが弓を持ち、僕たちは荷台から飛び降りました。前方に向かって走り、数名の隊員たちと途中で合流します。

 ツルミとシャマナが立ち止まり、対して、僕と隊員は先頭車両の前方に居る二つの人影を認めました。

「ほんとに居やがった。あいつの言ったとおりだ」

 人影の一つが、口角を上げながら言を発しました。

「気を付けろ。手慣れと聴く」

「それなら、退屈し無さそうだ。いくぜ、ヨウテツ」

 魔人は、何かを頭上に放り投げます。日に反射してきらきらと輝く無数の破片が、彼の周囲を円状に回り始めました。

「いつも通りに、な。ヤハギ」

 もう一方の魔人が地面を踏み鳴らし、両端の尖った土塊が数本空中に浮き上がります。先端が回転し、僕たちを捉えました。

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