第22話 戦跡
僕と術士は町に繰り出しました。もぎ取られたドアや砕けた壁の破片が、あちらこちらに散らばっています。
治せるものは治し、損傷の激しい者は復活させました。亡骸や毛などを片付けて疫病を予防します。
僕はトウヤの遺骸を街の中心部で見つけ、癒術を彼に掛けました。首や背中の深い食い込み跡が塞がっていき、彼は息を吹き返しました。
「無事だったか。見てみろよ。あいつら、好き放題やりやがって」
彼は、町を見渡しました。そして、そばに落ちていた剣を拾い上げて血肉を拭い去ります。
僕は役場に向い、ツルミが入口前の段差に座っていました。彼の傷も癒やします。
「ありがとう、ヤツエ。部隊のおかげで何とか防衛できたよ」
「あっ、ヤツエ様。町長がお呼びです」
町属部隊員に招かれ、僕は足を役場内に踏み入れました。
「大変な事態だったな」
午後の陽光が、役場の町長室に差し込んでいます。
「怪我人は結果的に少ないものの、倒壊した家はすぐに治らない。もちろん、それは私たちに任せてくれ。それと」
町長が一句区切りました。
「あの魔人の少女については、此方からも首長に報告しておく。まさか、魔人同士が戦うとはね。彼女に聞いたが、教会の地下に行ったそうじゃないか」
町長の腰掛ける椅子が、軋んで音を立てます。
「彼らにとって一番大事なのは、あくまで白彗星だ。防衛力も、そちらへ当然回される。こんなことは、君に言うべきではないんだろうがね。本音を言えば、私たちが頼りにしているのは君や術士の方なんだよ。だから、あまり教会側に傾倒するのは避けてほしい」
僕は役場一階に向かい、鑑定課に立ち寄りました。受付窓口から見る室内はがらんとしており、エイジ課長を容易く見つけられました。
「ヤゲンなら、他の職員と一緒に帰りましたよ。役場は、被害があまり出ずに済んでよかったです」
彼が奥に一旦向かい、水を入れたコップを二つ持ってきました。そして、受付の椅子に座ります。
「ハジメ様の、いや、ハジメの件、深く残念でしたね」
うつ向いた彼が、視線を組んだ指に注ぎます。
「僕と彼は、町属部隊の同期でした。まあ、付き合いはその前から町で合ったんですけどね。僕が課長の座に留まり続けてるのは、彼との約束があるからなんです。ヤゲンを守り、あるいは監視すること。それが、彼と首都へ発つ前に交わした約束です。今から話すのは、ここだけの話です」
エイジが、身を乗り出しました。
「ヤゲンは、大癒術士です」
僕はコップを口に運び、結露した水が指を伝いました。
「事の仔細は教えてくれませんでしたが、何かがヤゲンとの術士教育課程で合ったようです。ちなみに、これを知っているのは私、ハジメ、貴方だけです。彼女にも、教えていません。なぜ内密にしているのかもまた、教えてはくれませんでした。教師陣がこれを把握してる可能性はゼロではありませんが。少なくとも、町内外や役場で知っているものは他に居ません。町長も含めて、ね」
彼も口に水を含み、コップの跡が卓上に濡れています。
「ハジメが亡くなった以上、報告先は貴方に代わります。何か彼女に遭ったら便りを出しますし、様子をできる限り時々見に来ていただきたいです。よろしくお願いいたします」
僕は水を飲み干し、役場を後にしました。日が傾き始め、町を橙色の光で染めています。
足をヤゲンが住む官製住宅地に踏み入れました。彼女の家の前まで向かい、呼び鈴を鳴らします。棘々した植物が、門の向こうで鉢に植えられています。
「こんばんは。元気、かな」
僕たちは、庭先の長椅子に腰掛けました。黄色いランプが彼女の後頭部を照らし、顔が陰に染まっています。
沈みゆく日は宅地に長い影を落とし、未だ明るい紫色の空が僕たちを頭上から照らしています。
そよ風が吹き、足元と頬を撫でていきました。
「明日には、また出発だよね」
彼女は掌を僕に向け、お互いの指が絡み合いました。
「帰ってきてね。ヤッくん」
空の紫だけがやがて地面に残り、ランプがくり抜いた僕たちの影が庭と塀に投射されています。虫たちが、草葉の陰で鳴き始めました。
僕は、診療所の勝手口を開けます。事務室の窓は数枚が塞がれ、割れガラスが箱にまとめてありました。
床にはまだ狼の足跡が残り、僕は泥をモップで拭き取りました。アイスケとシノは、先に家へ戻っています。
「ヤツエさん」
病室に入ると、シャマナが図鑑を開いていました。明日の白星町出発までうちに匿う運びと為っています。
僕は、壁に立てかけられた剣を鞘から抜きました。
翠色の剣身は、アマネという魔人が振るっていたものを思い出させます。しかし、記憶の中の剣身よりも短くなっていました。
僕は別のベッドに腰掛け、塵芥を剣から取り去って油布を滑らせます。彼女がページを捲るたびに、音が静かな室内に吸い込まれていきました。
剣を置いて彼女と別れ、浴室に向かいます。指を髪に入れると、指が砂と触れてジャリジャリとしました。
僕は、寝室のベッドに横たわります。青い仄かな光がカーテンの隙間から漏れ込み、隠すように目を閉じました。
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