第21話 集合
数体の狼が、僕に群がってきました。
「まずは、あんただ」
僕は一匹の狼を斬り伏せ、他の獣が四肢に噛み付いてきます。僕は彼らを振り払おうとし、牙と歯が肉と骨に余計食い込みました。
「殺しはしない、そこでじっとしてな。どうせ、死なないんだろう」
追加の狼たちが、体へ更に覆いかぶさってきます。他の獣は、隊員とシャマナの方へ群がり始めました。
大癒術を唱えます。
僕の血は十分に流れ出ており、僕は狼の輪よりも外に辿り着いた血液から復活しました。そして、僕だったものに被さる狼たちを横目にシャマナたちの方へ駆けます。
背骨を狼の死骸から取り出し、置いていった剣の代わりとしました。
「ったく、化け物じゃないか」
シャマナの剣が空を薙いで狼たちを蹴散らしますが、より遠くにいるローナのもとまでは到達するに至りません。
僕は、新鮮な背骨を鞭のように振るって彼女たちを守ります。狼たちが作り上げる壁は分厚く、ローナに近づく手段が判然としません。
雄叫びが、並木道の向こう側、正門方向から再び上がり始めます。
「やっと、来たかい。遅いよ、あんたたち」
幾数もの人影が、地べたを四足で走って来るのが見えます。筋骨隆々とした巨体、長く伸びた爪、獣のようなマズルと鋭い牙。
僕は、シャマナを後方に引き下がらせました。壁を隊員たちと僕で作り、教会と彼女を守ります。
加勢した獣がローナの付近で足を止め、二足で立ち上がりました。一体が上を向いて吠え、そして、残りの人影と狼たちも次いで咆哮を上げます。
「獣人、狙いは奥だ」
「次から次へと、ぞろぞろぞろぞろ増えますね」
シャマナが悪態を吐き、風の刃を放ちます。やはり、奥の敵を蹴散らす前にかき消えてしまいました。
「もっと早く振らないと。収束させなきゃ」
向かってきた獣人が、拳を構えました。僕は重い一撃を狼の背骨で受け止め、受け止めきれずに背骨が砕け散ります。
力強い一撃が裸の胸を見事に打ち、みぞおちと肋骨がボキボキと折れる音を耳の内側から聞きました。
顔側面を次いで殴られ、奥歯と顎が外れます。隊員が獣人の顎下を剣で貫きましたが、後ろからタックルされて吹っ飛び、地面に頭から突っ込みました。
脳を顎から貫かれた獣人が絶命し、僕は倒れてきた巨体の下敷きになりました。
「ヤツエさん」
復せ。
「大ゲリール」
翠色の光が、奥歯から復活した僕と周りの隊員を包み込む。あちこちで千切れた体まで再生し、しかし、魂のない抜け殻が起き上がることはない。
「おいおい。何だい、これは」
「シャマナさん、構わず僕らを」
隊員が叫び、シャマナの振るった風の刃が僕たちと獣をまるごと両断する。飛び散っていく骨肉と血が、彼女を中心とした円形を描いた。
そして、僕たちだけが生えた体を起こす。亡骸の山が、辺り一面に彼我関係なく積み上がって床を為していた。
僕たちは、二つに別れる。教会側を守る側と、ローナに攻め向う側に。突き進む僕たちは、狼に牙で食い千切られ、獣人の重打を喰らう。
足に噛みつかれ、組み付かれたとしても、自分たちの何処かから体を生やす。軍勢を相手取る暇はなく、向う先は魔人ただ一人。
手近な骨肉を武器とし、少しずつ、確実に魔人との距離を縮める。
「逃げるしか、無さそうだね」
ローナが、背を僕たちに向け走り出す。
「逃がさない」
隊員たちがすかさず腕や歯を彼女の方へ投げ、復活した彼らがローナの行く手を阻んだ。
僕は獣たちを退け、背中を見せているローナに組み付く。絶対に、離さない。
「くそ、どきな。あんたら、気持ち悪いんだよ」
「ヤツエさん。行きます」
僕は、後方に振り返る。シャマナが、剣を隊員たちと獣どもの向こうで構えた。
剣先が、僕たちを捉える。
「ローナ、さよなら」
シャマナは剣を勢いよく突き出し、槍のような突風が放たれ、ローナを僕ごと穿ちました。収束した威力は減衰することなく、ローナを阻んでいた隊員たちも貫きます。
魔人の体が、僕の腕の中でヒビを走らせ始めました。
「可愛くない、餓鬼だよ」
魔人が塵に消え、獣たちも次いで体を崩し始めます。肉が骨からドロドロと離れ落ち、シャマナが柘榴色に染まった道を駆け始めました。
彼女が獣の臓物を踏み潰し、飛んだ血が走る足を濡らします。僕とローナのもとへ辿り着いた彼女が、手を未だ塞がらない僕の貫通痕にそっと入れました。
「すいません、痛かったですよね」
ローナだった土塊が足元に散っており、赤色に周囲の血で段々と色づいていきます。
シャマナが僕から手を静かに引き抜き、僕の怪我もようやく塞がりました。彼女は、手に付いた血脂や肉を眺めています。
「お揃い、です」
教会前は血に塗れ、町から響いていいた喧騒も今では静まっています。僕は顔を拭い、赤い線の引かれた手を下ろしました。
風が吹いて土は飛び、彼女の髪もまたなびきます。
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