第19話 先触れ

 穴の斜面は段々状に加工されており、水平な場所の壁面には穴が幾つも開けられています。

「教下隊は、住まいを白彗星様の周辺に構えています。警備任務や来客を迎える際は、上階に向かいますがね」

「ここでは普段何をされてるんですか」

「様々な儀式、ですね」

 僕とシャマナは、最下部に辿り着きました。寒さで張り詰めた空気が、気道を刺します。

 白彗星の表面から白い靄が立ち上がっており、霧のように辺り一面に立ち込めていました。

 僕が顔を擦ると、張っていた霜が破片になって地面に零れ落ちました。白んだ視界の中を進みます。

 高音のくぐもって、何かに割れ目が入る音が大空洞に響きました。


「ご両人、お止まりください。そこなら、大丈夫です」


 ヒサトが、顔を上方に向けました。僕もそれに習い、小さい棒状のものを遠くに見ます。

 巨大な棒は地面に落ち、爆音とともに粉々に砕け散りました。教下隊が青白い瓦礫に詰め寄せ、丁寧に拾い集めています。

「あれが、白彗星様の腕です。我々はそれを拝領し、儀式に用いています」

「どんな儀式、なんですか」

 シャマナの手は凍るように冷たく、僕の掌は凍って張り付いています。

「頂戴するのですよ」

「っ、食べるんですか」

「はい。白星町において珍しいことでは、ありませんよ。意識してるか否かに関わらず、白彗星様のお身体は溶けて水となり、地上に湧き出して口に様々な形で入るのですから」

 ヒサトが、両掌を僕らに開きます。水かき、指の先、身体の薄い部分が透けていて血の赤色すら伺えません。

「水ではなく氷を取り入れることで、身体は白彗星様のそれにより似ていきます。霜が汗のかわりに張り、骨が氷柱に換わるのですよ」

 彼はにっこりと笑い、氷のような歯が整って並んでいます。


「素晴らしいと、思いませんか」


 僕とシャマナは、地下入り口の広間まで戻ってきました。

 外光が、天井近くの窓から微かに注ぎます。しかし、教会地下に比べれば、安らぐ明るさでした。

 本堂に戻り、出口を潜ります。昼間の太陽が、真上に輝いていました。

 僕は、教会に向かってくる人影を道の奥に認めます。人影は手を振りながら歩き、近づくに連れてヤゲンだと分かりました。

「可愛い子だね、お土産かな」

「お土産」

「うそうそ。私はヤッくんの、ああ、ヤツエの友達でヤゲンって言うんだ。貴方のお名前は」

「シャマナです」

「シャマナちゃんね。よろしく」

 ヤゲンは、シャマナの片手を両手で包み込みました。ヤゲンは帽子を被っており、白い地面からの反射光が影に塗れた顔を下から照らしています。

「ヤゲンさんも、お祈りですか」

「昼休憩になると、時々ここに来るんだ。二人も、同じ目的で来たのかな」

「先程、中を色々案内してもらいました」

「そうなんだ。じゃあ、私は中に行くね」

 僕たちは手を振り合い、ヤゲンと別れました。彼女は足を本堂に踏み入れ、僕たちは孤児院近くの花壇に向かいます。

 青々と茂る葉と色とりどりの花が、僕たちを出迎えました。子どもたちの賑やかな声が、孤児院方面から聞こえてきます。

 シャマナは、花の道を歩いていました。僕は少し離れに歩き、草花を野草の繁茂する茂みで摘みます。

 花冠を手で編み、花をしゃがんで眺めている彼女の頭に載せました。

「わあ、綺麗。ありがとうございます」

 整った歯が、笑顔の奥に並んでします、シャマナは、一旦外していた花冠を再度被りました。


「楽しそうだね。シャマナ」


 僕たちが顔を声の方向に向けると、容貌に見覚えるのある少年が陽を背中に受けて立っています。

「随分、探したんだよ」

「ジュ、ジュネ」

 目が、少年と会いました。

「その大癒術士に取り入ってるんだね。君も、やる気にようやく為ってくれたみたいで何よりだよ」

「ジュネ。そうでは、ありません。私は、あなた達の力にはもうなれません」

 少年が、ため息を吐きました。

「シャマナ、君は、人間とあまりに長く居すぎた。それは、不幸な結論にしか至らないんだよ」

 少年が僕たちの方へ踏み出し始め、シャマナが後ずさります。

「そこの大癒術士を今すぐ倒したい気分だよ。でも、僕だけじゃ力不足だ」

「ソリマルとトバは、どうしたんですか」

「死んだよ。その術士とお仲間のせいでね。まあこっちも、一人殺せたけど」

 シャマナの目が、僕を捉えました。頭上の花冠が、目元に影を落としています。

「分かるだろ。人間たちは、僕たちのことをなんとも思っちゃいない。ただの敵だ。さあ、目を覚まして戻ってくるんだ。まだ、間に合う。僕も、協力するよ」

「私は」

 風が吹き、花冠が彼女の頭から吹き飛びました。僕は少年を視界に捉えつつ、花冠を拾いに行きます。

 土を払うと数枚の花弁が、持ち上げるときにひらひらと舞い落ちました。


「それでも、私は信じてみようと、思います」


 シャマナの頭部が、再び彩られました。ジュネの顔は陰に埋もれ、表情の仔細を遠くから伺い知れません。

「ローナが、これからこの町にやって来る」

「ローナって」

「彼女が、来る前に何としても会いたかった。でも、君の考えは変わらなさそうだね」

 雑木林が、ざわざわと音を風で立てます。

「じゃあ、さよなら」

 少年が言い、彼の身体は動かなくなりました。

「行った、ようですね」

 僕はシャマナから離れ、少年の抜け殻をそっと押します。彼は地面に倒れ、ピシピシと音を立てて砕け散りました。

 土煙が花壇に立ち込め、陽光がぼんやりと拡散しています。僕が振り返ると足元から伸びた影が、シャマナの影に重なっていました。

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