第17話 白星

 馬車は関所を抜け、西日が過ぎ去っていく畑を照らします。

「ハジメ、様」

 首属派遣部隊の隊員が見守る中、僕たちは棺を教会に運び込みました。

 ハジメは、翌日に予定される埋葬の儀まで安置所に置かれます。

 安置所は冷えて暗く、他にも青年の遺体が十数体寝かされていました。

「東都も、何度か襲撃に会いましてね。よろしくお願いいたします」

 僕は、大癒術を唱えます。翠色の光が、青年たちそれぞれを包み込みました。

 彼らは失った部位を取り戻し、再び生きて地を踏みます。

「その光。やはり、継がれたのですね」

 同行していた教師が、呟きました。彼の吐いた息が、白く染まります。

「より眩く、白い光」

 僕は教会を後にし、診療所に向かいます。若葉の茂る路樹の下を潜り、勝手口を開けました。

 廊下を辿り、事務室に入ります。シノとアイスケが、机に向かっていました。

「あっ、先生。改めまして、お帰りなさい」

 僕は、デスクの引き出しを開けます。ハジメからの手紙を取り出し、目を端正な字に再び通しました。

 シノとアイスケが退勤し、僕は部屋に忍び込んだ葉のざわめきを聞きます。

 水場で体を洗い、寝室に向かいました。埃一つ無いベッドに寝転がります。

 天井の木目を眺めてるうちに、目蓋がいつの間にか閉まりました。


「ほんとに、死んだんだ」


 教師たちが土を棺の上に重ねていく中、並んで見ていたヤゲンが言葉を吐き出しました。

 町長を始め、町属部隊、派遣部隊、教師陣等々が朝焼けの照らす墓地に集っています。

「結局、良い生徒にはなれなかったな」

「道を分かれたとしても、子の成長を喜ばない師は居ないと思いますよ」

 エイジ課長が、言葉を紡ぎます。

「そうなのかもね」

 ハジメを入れた棺は土に隠れ、運ばれた石が上に置かれました。

 人は死んで土に眠り、差し込む光と影が縞模様を香の煙に描いています。

 僕たちはハジメ一人を残し、墓地から去りました。


「その体勢きつそうだな、明日の出発まで持つか」


 トウヤが、声を馬車にいる魔人に掛けます。三角座りで足と手を縛られ、目が布で覆われています。

 少女の魔人は頷き、鼻で返事をしました。

「これ、今は外すぞ」

 警備の見守る中、トウヤが少女の猿ぐつわを外します。

「大丈夫です。あんまり、痛みとか感じないので」

「羨ましいな。魔人様々だ」

「動けないのは、好きじゃないですけど」

 手足の縄をほどき、目隠しを取り去りました。彼女の半開きな目蓋が、徐々に上がっていきます。

「いいん、ですか」

「明日まで、な。どうせ、首都に行ったら着けっぱなしだ」

 魔人が、足を白星町の地につけました。顔をあちこちに向け、久しぶりの光を目に焼き付けています。

 僕たちは教会に向かい、今度は本堂に入りました。南からの陽光が窓から差し込み、御神体が空の青さで仄かに照らされています。

「形が、あそこのと少し違いますね」

「おや、目ざといですね」

 教師が、少女の言に応じました。

「この子は」

「向こうの修道院で知り合ったんです」

「そうでしたか。貴方、御名前をお聞きしても」

「シャマナ、と呼ばれてます」

「いい名前ですね。シャマナさんの言った通り、この教会だけはご身体の形を異としています」

 修道院で見たのは、白い球体から何本も立ち上る突起物でしたが、白星町の場合は、球体がよりゴツゴツして岩を模している様に見えます。

「観念的な美の観点から見れば、より抽象化された他所のほうが優れているのでしょうね。しかし、私どもにはこちらのほうがより美しく感じられます」

「モチーフは、何なんでしょう」

「彗星ですよ。旧きにこの地へ落ちられた一塊の星。私たちは、それを崇めてるのですよ」

 そういえば、とツルミが懐のアミュレットを取り出しました。

「これを教師長様よりお預かりしていたのですが」

「ああ、大丈夫かと思われますが、今お呼びしてまいります」

 僕たちは、長椅子に腰掛けました。時折、背後のファザードから入った参観者が横を通り過ぎていきます。


「お待たせいたしました」


 僕たちは立ち上がり、教師長を迎えました。

「皆様ようこそ。そして、そのアミュレットですが、依然お持ちしていただいて構いません。それは、お助けになりましたか」

「はい。不思議と、無くしても戻ってきますが」

「素晴らしい。まさに、奇跡ですね」

 教師長が、一句区切ります。

「皆様、宜しければ中をご案内しましょうか」

「有り難い申し出です。ただ、これから挨拶回りに行こうと思っていまして」

「ああ、これは考えが及ばす、申し訳ございません。久々の帰郷、ご家族や知人と是非お過ごしなさってください」

 トウヤとツルミが一礼し、教会から去っていきました。

「ヤツエ様は、いかがされますか。そちらのお嬢さんも」

「わたしも、行っていいんですか」

「はい。もちろん」

「ヤツエさん、わたし、行きたいです」

 教師長の案内のもと、僕とシャマナは足を教会の内部に踏み入れます。

 修道者たちの生活空間や教典の書庫、神話を描いた絵画などを観覧しました。

「ヤツエ様とお嬢さん、寒いのは平気ですか」

「はい。大丈夫です」

 シャマナは見知らぬ文化に触れ、気持ちを高揚させています。

 薄らい廊下を抜け、がらんどうの広間と一つの扉が僕たちを迎えました。

 教師長に指示され、扉脇に立っていた二人の修道者が扉を開け始めます。

 開け放たれた向こう側は暗く、冷気が足元に流れ込んできました。

「ここは」

「ああ、怖がらないで」

 教師長が快活に笑い、階段を下り始めます。 

「まさか、閉じ込めたりなんてしませんよ」

 僕たちは彼に従い、ランプの明かりを頼りに足を進めました。

 長い下り階段を抜け、柱の林立する地下空間に出ます。

 シャマナが僕の手を握り、冷たさが熱を奪います。

「ようこそ、教下隊へ。そして、向かいましょう」

 輪郭のおぼろげな人影が、一人一人と暗闇から現れ始めました。


「白彗星さまの御許まで」


 教師長の青白い顔が、薄暗い明かりの下で微笑みに歪みます。

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