第16話 絆

「斬りますか」


 数名の従者が、僕たちの席周りに集まってきました。

「ひっ、助けてください」

「奇襲するために近づいてきたのか」

「違います。なにも持ってませんし」

「そうやって油断させておき、隙を見て斬りかかる。常套手段じゃないか」

「斬るって」

 トウヤが、旧食堂跡地のほうを指で指します。

「前もここであったんだよ。半年ぐらい前にな」

「半年前、教会。あっ、エータさん」

「やっぱ、仲間じぇねぇか」

「仲間というほどでは。直接対面したのは、ごく僅かです」

 ツルミが皿を脇に避け、肘をついて指を組みました。

「君も、ああいう能力を持ってるのかい」

「わたしのは、戦闘向きじゃないんです。ただ少し、視覚が優れているだけです」

「視覚」

 少女は、くたびれた布切れを懐から取り出します。布を広げ、ほつれた糸が抜け落ちます。

 似顔絵描きの顔が、布に描かれていました。


 まるで、生き写したかのように。


「見たものを正確に頭で再現できるんです。視覚限定ですが、記憶力もそれなりに」

「それで、首都では何してたんだ」

「最初は、単純にあのおじさんの店で働いてたんです」

「魔王の命令で」

「いえ、それは後の話です。わたしははぐれだったので、あちこち歩いてたら町についただけです」

「はぐれ」

 少女が布を丁寧に畳み、しまいました。

「魔人全員が徒党を魔王たちのように組んでいるわけでは、ないんです。彼らは、この地に生まれて寄る辺なくさまよう魔人にはぐれと名付けました」

「すると、はぐれだった君が首都に入り、その後にきっかけがあって魔王たちと関係を持つようになった」

「はい」

「それについて詳しく」

 少女が、顔を窓に向けました。日は落ち、青い闇が広がっています。

「ある日、男の子が尋ねてきたんです。ジュネと言うんですが、彼は私を魔人だと見抜いたんです。そして、協力してほしいと」

「ジュネ。あの森の奴か」

 トウヤが、水を飲みました。

「店にやってくる人々の容姿を写してほしい、お金は代わりに払うからって。それを続けるうちに、魔王のことやその仲間のことも話題に上がるようになりました」

「魔王の居場所については、なにか聞かなかったか」

「何度か誘われたのですが、結局。ただ、西の果てに向かえば、そこに楽園がある、とは言ってました」

「西の果て。そこが、魔境か」

 少女がカップを口元に運び、スープを一口ほど飲みます。

「それ、冷めてるぞ」

 トウヤが、頭の後ろで手を組みながら言いました。

「あ、大丈夫です。味は、よく分からないので」

「君は追われてるって言ってたけど、何か魔王たちとあったのかい」

「しばらく前、いつも通りおじさんの店に行ったら、今日は午後からだって言われて。その後に皆が並び始めてあれは何って聞いたら、人が死んだんだって。それで、あなた達が箱を持ってる人の中に居たんです」

「記憶力が、ほんとにいいんだな」

「それでわたし、自分が何かしたんじゃないかって気になって。ジュネくんに聞いたら、魔王様もお喜びだって。わたし、そんな、つもりじゃ」


 少女が腿においた手を握りしめ、肩は震えています。


「で、逃げてきたと。向こうは、それを知ってるの」

「分かりません。だから、本当は探してるかも知らないんです」

「なるほど、ね」

 どこまでも広がる暗い平原。月が、雲間から覗いています。

 僕は、一台の馬車を寝室の窓から見つめます。見張りの従者たちが、周りを囲んでいました。

 僕たちは追加の馬車を修道院から借り、数名の従者が首都へ報告に向かう予定です。

「ほんとに連れてくのか」

 トウヤが、ベッドに横たわりながら尋ねました。

「まだ、なにか知ってるかもしれない。僕たちに心を開いているからこそ、首都に連行するのは悪策の可能性がある」

「そういや、あいつの名前聞いてなかったな」

 ツルミが、ランプの明かりを消します。僕は窓を閉じ、ベッドに体を預けました。

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