⇩第三章 帰郷⇩
第15話 寄る辺
曇り空の下、人々が幹線道路を挟んで向き合い、整列しています。僕たちは棺を抱え、前を行く棺を追いました。
ほとんどの棺は空ですが、ハジメが僕たちの棺に眠っています。
目前に見えるのは、隊員たちの物言わぬ背中です。遺族たちの左右ですすり泣く声が、歩行音と混ざりあいます。
「少し、休むといい。ヤツエ隊長」
貼り紙が、首長室の地図に以前よりも増えています。
「いや、文字通りの意味で、だ。君の働きぶりに不満を抱いているわけでは、ない。あれ以降、目立った動向が魔人たちにも見られない。完全に沈静化した訳では無いが、休めるときに休むのも大事な務めだ。それに」
首長が、目を額縁の写真にやります。
「ハジメも、向こうの方が落ち着くだろうからな」
先日の沈痛さも今や名残りなく、人が溢れかえる大通りには活気が満ちています。
トウヤとツルミが土産物を物色する中、宝飾の露天を過ぎたあたりで似顔絵描きと再会しました。
僕たちは、数枚をそれぞれ描いてもらいます。
「女の子は、今日居ないんですね」
ツルミが、じっとポーズを保つトウヤの横で尋ねました。
「ああ。あいつ、働き口が見つかったとかで。あの年だと足元見られるだろうから止めたんですが、急いでたようでね。それっきりです」
僕らの肖像画が順次完成し、代金を支払います。
「腕はよかったんで、期待はそれなりにしてたんですよ。まあ、私も負けちゃいませんがね、へへ。もし、あいつとどこかで会ったら、よろしく言ってやってください」
僕たちは帰郷する日を迎え、隊員たちと共に棺を荷台へ積み込みます。
二台の馬車に挟まれ、白星町に向かって出発しました。
僕たちは午後の明るいうちに修道院に到着し、個人確認を終えて敷地内に入ります。
縄が食堂の跡地に渡され、中に入れないようになっています。恐らく新造に使う土台の石が、離れた場所に積み並べてあります。
木造の建物が臨時で設けられ、食事を中で摂る、と案内の教師に告げられました。
整ったベッドが来客用の寝室に並び、僕は一帯を窓から見渡します。
「あの穴、埋めないんだな」
「埋まらないんだろ」
柵で囲まれ、板で封された穴らしきものがトウヤの指差す先に見えます。板は、食堂跡地のあちこちに点在していました。
僕は、ツルミたちと一旦分かれます。本堂に向かい、祈りを御神体に捧げました。
長椅子に腰掛けて談笑する従者たちとは別に、御神体にただじっと顔を向ける人影を目に止めます。
フードを深く被り、質素な服を纏っています。顔を向けられた気が、身廊ですれ違う際に一瞬だけしました。
「ああ、その子はしばらく前にうちへ来たんです。身寄りがないようなので、保護しております」
僕は、声を教師に入口近くで掛けられます。
「あれ、知り合ったわけではないんですか」
背後を見れば、子供が少し後ろから付いてきていました。僕は腰を近くの長椅子に下ろし、その子を座らせます。
うつ向いていた小さい人が、フードを脱ぎました。どこか、見覚えのある容貌です。
「助けてください」
思い出しました。似顔絵屋の少女です。
「追われてるんです」
「で、そいつを連れてきたのか」
僕たちは、夕餉を木の香りのまだ新しい食堂で囲んでいます。
少女はあまり優雅でない飲み方で、スープを口に慎ましく運んでいました。
「絵描きさんの話だと、勤め先を見つけたんだろ」
「それは、本当じゃないんです」
「まあ、だろうな」
「なんで、絵描きを辞めたんだい」
「おじさんに、迷惑がかかると思って」
「そういう風には、見えなかったけどね」
ランプが長机の各所に置かれ、蝋燭の火が中で揺れています。
「だいたい、関所をどうやって通ったんだ」
「小さい抜け道が、あるんです」
「不法出国かよ。おいおい、あんまり関わらないほうがいいんじゃねぇか」
「たとえ首都を出れたとしても、道中の生活はどうしていたんだい」
「えっと、飲まず食わずで」
「君をそれだけ切羽詰まらせる存在は、なに」
「っ」
「黙っちまった」
トウヤが、芋を刺して口に入れます。少女は、カップを手で包んでうつ向いていました。
「あの、それで、まず」
少女が、言葉をなにか選んでいます。
「わたしを助けてほしいんです」
「何から」
「それは、あの」
トウヤが、机を指でトントンと叩き始めました。
「話が、喋ってくれねぇと進まねぇよ」
「トウヤ、相手は子供だ」
「話します。話しますが、まず」
「まず」
「怒らないと、約束してください」
「それは、その話し次第だ」
「わたし、魔人なんです」
食堂が、凪いだ。
食器のぶつかり合う音、賑やかな談笑、聞こえていた音の波ひとつすら今では消えました。
従者たちの視線が、魔人の少女に注がれています。
「嘘だろ」
トウヤの呟きがひとつ、食堂に響き渡りました。
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