第14話 消光

 僕は、生えた下半身で駆け出す。まだ気づかれていない。

 両足を走りながら素早くすくい取る。鳥たちが、騒ぎ出した。

 僕は、足の肉を剥ぐ。むき出しになった骨は、叩き切られたがゆえに竹槍のごとく鋭い。

 僕は、骨を振り向きかけた魔人の首に突き刺した。

 次いで、もう片方の脛骨も残りの接続部に刺し、両方を一気に引き抜く。

 首の残存部がパキパキと折れ、頭部は支えを失った。


「見事」


 頭が、地面に落ちて砕け散る。亀裂が残りの体にも入り始め、終に自壊した。

 僕は彼の得物を拾い、仲間たちの戦いに加勢すべく駆け出す。

 術文を記すのも忘れない。踏み出すたびに、アミュレットが鎖骨下を打ち付ける。いつも、いつのまにか着いている。

「お前は」

 トウヤと交戦中の魔人が、此方に顔を向けた。ヒビが、全身のあちこちに入っている。

「そうか、トバは」

「ヤツエ。ツルミを」

 ハジメが袋を投げ、しかし、僅かに届かない。急ぎすくい取り、腰の下が焼け切れる。

 剣を捨て、慌てず生やした足で駆け出し、髪の房束を取り出す。

 一房をできるだけ遠くに投げる。光の柱が落下地点に立ち、ハジメの姿を向こうに認める

「少年を小屋で切った。私たちが、周囲を守る」


「よそ見してんじゃねえ」


 トウヤが、隙を見せた魔人の顔を殴り飛ばした。硬い音が、バキバキと立つ。

 僕は、一房を低空で再度投げる。柱が、落下地点から離れたところにあらわれた。

「あれは、おそらく再使用までの間隔が大きい。集中を乱せれば、勝機がある」

 ツルミが復活し、僕と並走する。抱えていた足を一つ彼に渡す。

「大した武器だ」

 そして、二手に分かれた。

 トウヤが、近接戦を続けている。魔人も応戦してトウヤにダメージを与えているが、それに臨んでいる間、光線が降ることはなかった。

 僕とツルミは魔人の背後をとり、三方を僕たちで囲んだ。

 僕は、突進を魔人へ先と同じように仕掛ける。狙うは、首だ。

「気づいているぞ」

 真っ白に包まれる。だが、僕の術文は、死に近づき、時間感覚が引き伸ばされる中で唱えるにはあまりにも短い。

 森と広場を上空から俯瞰する。

 組み合う魔人とトウヤ。ツルミの投げ終わった姿勢。森を警戒する斥候。少年と交戦するハジメ。

 魔人は、まだ気付いていない。少年が、僕をハジメ越しに見た、ような気がした。 

 加速した身体が、魔人の頭にもうすぐ到達する。僕の影も、落下地点へ徐々に迫ってくる。

「っ、テンマル」

 さっきはいい考えだと思った。しかし、この魔人が死を間近に実感し、周囲を巻き込んで自滅する可能性は。

 トウヤが、魔人の腹に組み付く。


「ジュネ」


 白光。

 僕の踵が魔人の頭、そして、胴体を踏み潰していく。

 トウヤの首が折れ、全てを砕き地面に到達した足が地面に到達する。今度は、自分の骨が魔人を砕いた威力で砕けていく。

 土煙が、立ち込める。僕は、ツルミがトウヤの死体を探るのを目だけで追う。

 彼は、術文の書かれた布と僕の髪を探り当てた。何かが、息を吸い込むたびに肺へ刺さる。

「ヒュ、大、ぐ、ゲラール」

 僕は、自分だったものを下敷きに復活する。トウヤを癒やし、僕たちは駆け出した。

 向かうは、少年とハジメの居たところ。

 少年の腕だけが、地面の焦げた黒い円形の縁でハジメの上半身に絡みついている。

 僕たちは、腕を引き剥がそうとする。腕はボロボロと崩れ、風にさらわれていった。


「っ、ハジメ隊長」 


 近寄ってきた斥候が周囲を警戒しつつ、言を背中越しに放ちました。

 うつぶせの上体を起こし、大癒術を掛けます。精霊たちがハジメを囲み、しかし、何も起こりませんでした。

「恐らく、無駄だ」

 剥き出しの横隔膜が、ハジメの肋骨から覗きます。僕はゲリールを唱えますが、損傷を癒やすには余りにも力不足でした。

「一度分かれたものは、時が来るまで混ざらない。ヤツエ、これが大ゲ・リールだ。間を継ぐものがなければ、当然その空間も埋まらない」

「何か方法はねぇのか」

 ハジメが、視線を落としました。トウヤが自分の額に手を当て、舌打ちします。

 突如、精霊たちが光を放ち始めました。僕の周りで緑の光、ハジメの周りで青色の光。

「隊長」

「いや、そうではない」

 ハジメの周りに漂う精霊たちが離れ、僕の光と混じり合っていきます。

「喜ぶべき、なのだろうな。師匠として。君が選ばれ、私は、そうでは、なかった」

 僕は、力なく下がったハジメの右手を両手で握りました。


「サキトくん」


「はい」

「君の仕事は、終わっていない。三人を、無事に導いてくれ」

「っ、はい」

 斥候が、視線をハジメから外しました。剣を構え、肩が震えています。

「トウヤくん、ツルミくん。ヤツエを、支えてやってくれ。そして」

 僕の鏡像が、ハジメの瞳孔に映りました。閉じかけた目蓋が少し上がり、闇が虹彩の中心に広がります。

「ああ。私にも、見える。美しい、翠色の光が」

 手の蝋のような感触。人が物に変わっていく感触。

「ヤツエ、町を、そして、ヤゲンを頼む。すまない」

 目は僕を依然として捉え、しかし、何かが遠ざかっていきました。


「私は、ただ恐ろしかったのだよ」


 雲に塞がれていた太陽が姿を表し、影の覆う広場は明るさを少しずつ取り戻していきます。

 鳥たちが、足元を地上でつつきました。あるいは、ただ立ち尽くして体を暖めています。

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