第13話 アウェイ
ひんやりして湿り気を帯びた空気が、僕の目元を冷ましました。
頭上は樹冠で覆われ、樹の根が薄暗い林床に曲がりくねって蔓延ります。
「作戦開始」
僕と斥候はハジメの一声を聞き、隊から離れました。斥候の後に付き従い、足を魔人たちの居場所に進めます。
時折、鳥の声がどこからともなく聞こえます。影が、前方を横切りました。
斥候が、手の平を僕に示します。僕は、足を止めた彼にそっと近づきました。
「あいつだ。だが」
魔人の様子を茂みから伺います。小柄な出で立ちから、少年の魔人だと把握しました。
「早すぎる気がする。それに、待機し合流するはずの隊員が居ない」
ハジメから聞いた通り、魔人は直立して動きません。ただ、顔を真上にずっと向けています。
僕は枝や落ち葉を踏まないように注意し、魔人の後方へと静かに回り込みました。
腰を落としたまま、茂みを出て背中に近づいていきます。息を殺し、魔人へ瞬時に組付きました。
剣が、魔人の首に刺さります。抵抗されることもなく。
「やったか」
「、けた、いま確」
魔人が、なにか呟きます。そして、首だけが肩を越えて振り向き、目が合いました。
「一致、こいつだ。32CX」
「32CX」
別の声が、少年から聞こえました。
白。
トウヤの横顔が見えました。僕は、上体を起こそうとします。
胸に載った何かが転げ落ち、地面の落ち葉を崩しました。
「っ、ヤツエが」
鳥たちが喚き散らしており、木の葉のざわめきが森の奥から聞こえます。
隊員がケープを外し、僕は服装を整えました。
「そのアミュレット」
「接敵。12時方」
声を発した隊員の視線を追い、先程の少年を認めます。隊員たちが、剣を抜いて接敵し、緑色の光が彼らの体を覆います。
「大ゲ・リール」
「68TA。7.5時方に13」
「13」
僕の輪郭が、左斜め前の樹幹に投影されました。振り向くと地面が円形に黒ずみ、小さい点たちが赤く発光しています。
根本のない剣先が転がり、切断面もまた赤熱していました。僕は、焦げ付いた匂いでむせ返ります。
「修正。7.55時に12」
僕は力をつま先に入れ、勢い付けて前方に飛び込みます。
「12」
耳の裏が、熱を感じました。石や木っ端が、滑り込んだ僕の前腕をずたずたに削ります。
「修せ」
土塊が、砕け散りました。魔人までたどり着いた隊員が、剣を振り抜いたのです。
僕は顔を拭い、黒い煤が線を手の平に描きます。黒い欠片が頭上からひらひらと舞い落ちてきました。
「復せ」
血で書いた術文がケープ上で光り、しかし、精霊は焼け跡の上を飛び回るばかりでした。
隊長が、指示を出します。残存する斥候一人につき一組を作りました。
僕たちは彼らの案内で駆け出し、材木倉庫を目指します。
「奴だ」
ツルミの放った矢が、少年に刺さります。風が、森の奥から吹きました。
トウヤが魔人を断ち切り、光。残像の染みる視界で駆け寄り、彼を焼け残った腕から復活させます。
「なるほど、分体か」
僕らは再び走り出し、思案気だったハジメが言葉を紡ぎ始めました。
「あの光線はおそらく、別の魔人の術だ」
「二人一組ってことですか」
「ああ。少年が、位置を教えている。だが、全てを同時に操っている訳ではないだろう」
「そうなると、致命的な攻撃を待機中に受けたとき、そちらに移ってくる」
「恐らく」
僕たちは、武器を少しずつ失っていきます。
「常に動き続ける。焼失を防ぐため、復活に必要な部位をお互いに預け合う、か。装備も、蘇れば良かったな」
トウヤが、僕の小刀を未だに燻ぶる地面の上で受け取ります。
「そのための、格闘訓練だ」
「笑ってますよ、ハジメ隊長」
「絶望的な状況だ。笑みの一つは、溢れよう。それに、君たち三人にはアミュレットがまだ有る」
「隊長が、お持ちすべきでしょうか」
「いや、それはできない。町の教会で貰ったのだろう」
「はい。発つ前の晩に教師長から」
「やはりな」
「見えました」
陣頭を走る斥候が、目的地を捉えたようです。僕たちは、樹の陰から状況を伺いました。
ギャップは広く、小屋と積まれた木材が確認できます。そして、数多くの鳥たちが地面に溢れかえっています。
「行けば飛び立ち、気づかれるか」
「分体が、見えませんね」
「潜んでいるか、同士討ちを避けるためか」
「っ、後ろ」
少年が、後方の林間を縫って迫ってきていました。
「分散し、小屋へ迎え」
僕たちは広場に向かって散開し、鳥たちが僕に踏まれまいと八方へ次々に飛び立っていきます。
羽音が聴覚を専有し、鳥のせいで見通しが悪化する。
これは、
「覚悟」
剣が、右脇腹から侵入して左肩に抜けていく。
逆袈裟切りされた僕の下側を復活させ、腕を取り戻りして先の上部分を掴み、現れた壮年の魔人に叩きつけた。
「痛々しいな」
復活した上部分に反し、術文が、僕の下部分に何列もの傷跡で綴られている。
地面が斑に暗くなり始め、降下してきた鳥たちが僕をくちばしや爪で引っ掻き回してきた。
目玉をつつかれ、赤い光が見える。
支えがなくなったのを感じとり、後ろに倒れ込みながら失った脚を生やした。
「どれだけかかるのやら」
再生した部位の割合が、傷跡より増加していく。相手の太刀筋が読みやすくなる。
僕は、相手に組みついた。
鳥が群がり始め、体の表面がどんどんついばまれていく。流れ出た血が、全身を覆い尽くしていく。
回した腕が、膝蹴りされて外れた。魔人との距離が離れる。
僕は、上段から振り下ろされた剣で真っ二つになった。
地面に倒れ落ちる。
体が、動くことはない。
「ヤツエ」
「まず一人」
だが、そうではないのだ。
少し離れた地面に転がった上部分、僕の口が呟く。
大ゲリール。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます