第12話 用意

 僕は、剣を剣で受け止めました。剣身の歯が零れ、金属音が残響を伴って広場に拡散します。

 足を払われ、僕は受け身を取って地面に転がりました。追撃される前に、タックルをヨシンに仕掛けます。

 ヨシンの脚部側面を腕で押して膝蹴りを回避し、勢いを利用して斜め後ろに移動後、一撃を首側面に叩き込みました。

「決着」

 審判役の隊員が、試合の終わりを告げます。

 ヨシンが、膝を落としました。損傷を癒術で回復させています。そして、お互いが指定の位置に着き、一礼しました。

「ありがとうございました。次もよろしくお願いします」

 訓練相手が変わり、試合を再び始めます。


「まずは、基本の動きを覚えるところからだな」


 教官は、訓練初日の試合で負け越した私に告げました。

 白星町にいた頃はあくまでも、班の支援役としての戦闘しか経験していません。

 町の一療士に過ぎなかった僕が訓練を積んだ術士に敵わないのも、道理でした。

 僕は剣を構え、相手との間合いを測ります。

「試合中は、大癒術の使用を選択肢から除外しなさい。捨て身前提の戦い方は、技量向上の足かせにしかならない」

 教官が、頭をかきます。

「とはいえ、これはあくまでも訓練中での話だ。実戦においてはむしろ、これほど強力な武器はない」

 実技訓練が終わり、僕は汗や血をシャワーで流していきます。

 先日、隊の斥候が不審な空き家を町外の森で発見したという報が流れました。

 町に属さない人々が、確認されてるだけでもそれなりに世界には存在します。

 彼らは往々に岩場や森林、荒野に居を構え、以前に襲ってきた野盗も当てはまります。

「その中でも、不思議な能力を有し、かつ、人に害を及ぼすものが魔人および魔族と定義されている」

 座学の教官が、キーワードを黒板にチョークで書きつけます。

「基本的に単独で行動する傾向が、魔人には見られる。複数が組んで襲撃に及んだケースは、稀だ。だから、基本的に」

 教官は、両手を教卓に置きました。

「魔人への対処は、複数による飽和攻撃が現時点での最適解となっている。実際、民間人がこの方法で魔人を撃退した事例も決して少なくない。もちろん、その魔人がどんな異能を持つかで、話はまた変わってくるが」

 彼は、グラスの水を一口含みます。そして、黒板にチョークで魔王と書きました。

「君たちもすでに耳にしているとは思うが、先に述べた行動傾向の前提が、今揺るがされようとしている。この魔王という言葉が、魔人との戦闘に当たった者からの報告に頻出するようになった。この魔王という存在はどうやら魔人たちをまとめ上げ、彼らを組織的に運用していると判断される」


「そして」


 会議室で、ハジメ隊長が地図の一部分を囲むように指示棒でなぞります。

「複数の魔人がこの森の付近に潜伏しているのが、確認された。使われなくなって久しい材木倉庫を住み処としている。身体的特徴を共有する」

 大判で三枚のスケッチが、板に貼り出されました。

「まずは、この中背で初老の魔人だが、これは鳥類を使役していると思われる。鳥に何かを付けて飛ばせている様子が、複数回に渡って確認されている。意思を完全に操っているのか、それともそうではないかは未確認だ。次は、この大柄の魔人」

 スケッチには、この魔人の四肢が太い輪郭で描かれています。 

「普段は服で覆われているが、その下に筋骨隆々な肉体を持っている。能力は、確認されていない。恐らくこの身体を活かして攻撃するものと思われるが、油断ならない。そして、最後がこの少年の魔人だ」

 最後に示されたスケッチ。小柄な男の子が、写されています。

「先の二人は、なにかコミュニケーションを取っている様子が時折確認されている。しかし、この魔人は離れたところでほぼ直立しているだけだ。今回の作戦で、もっとも不安視されている存在である。そこで、君の出番となったわけだ」

 ハジメの声が、ガランとした会議室に吸い込まれていきました。彼は、目を唯一人出席している僕に向けました。

「不確定要素が多い現状、必要なのは確かな情報だ。そこで、ヤツエ、君には先んじて斥候と合流してもらう。そして合流後、実戦を介して得た情報を後方で待機させた部隊に共有して本戦に臨む」

 ハジメが、指示棒の先端を押し込んで縮めます。

「自前で優れた回復能を持ち、何より、先の魔人戦で見せた遠距離からの復活。それこそが、本作戦成功の重要な鍵となる。危険な任務だが、よろしく頼む」

 僕は、腰を夕餉にはまだ早い食堂で下ろしました。窓から入った夕日が卓上で反射し、天井を照らしています。

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