第10話 別離
「エータ、あまり離れるなよ」
ハジメが大癒術を唱え、閃光が食堂のあちこちで輝き始めます。
「背中は任せましたよ、お嬢様」
「うるさ」
従者が魔族たちとの距離を詰めますが、無数の剣が地面から伸びて彼らを串刺しにします。
それでも尚、彼らは歩みを止めません。剣が抜けると同時に、光が傷口から流れ出ました。
「持続する自動回復、面倒ですね」
「ヤツエ。そっちは、そっちのやりかたで動け」
僕は、大癒術をパンの血に唱えます。トウヤが復活し、装備とツルミを探しに食堂から駆け出しました。
「これならどうです、アノウ」
剣が従者たちを貫かれ、しかし、引き抜かれずに留まります。穴が彼らの足元に開き、まとめて飲みこみました。
「これなら、元も子も無いよなぁ」
「もう少し、コンパクトにお願いします。帰れなくなりますよ」
落石が、食堂の天上から始まりました。僕も、トウヤの跡を追いかけます。
「あくまで、目的は大癒術士」
「おい、あいつ逃げるぞ」
穴が、僕の目前に開きます。落ちつつある机に乗って走り、向こう側に跳んで着地しました
「くそ、間に合わねぇ。代われ」
「遠方圧縮の克服。宿題が増えましたね」
「本来おめぇほど、精度が要るもんじゃないんだよ」
「やれやれ」
廊下へと至る框が目前へと迫り、僕は向こうに見える屋外を目指します。
食堂を抜け、足を暗い通路に踏み入れました。
「まずは、一人」
天井、壁、床。
剣が八方から伸び、身体が完全に固定されます。癒術で治そうにも、異物が混ざり過ぎて為す術もありませんでした。
「お嬢様、もう一人はどこに居ますか。ちょっと、目が離せなくて」
「さあ、たぶん穴のどれかに落ちたんじゃない」
「また、大雑把な」
「全部片したから、いいだろ。窓が割れてんなぁ、エータがやったの」
「いいえ。まだまだ、外にも居ますね」
「待つか」
ずっと、声が後ろからしている。大ゲリールを掛け続けるが、通路を抜けることはできそうもない。
声が、だんだん近寄ってくる。
「足を踏み外さないでくださいね」
「うわ、えっぐ」
彼らの声が、剣の隙間から漏れこむ。位相が反射と減衰で崩れすぎ、気持ちが悪い。
「どうやんの、これ」
「図面を頭に入れれば、お嬢様でもできますよ」
「舐めんな。つーか、これ生きてんの」
「どうでしょ。剣しか、このままじゃ見えませんね。何本か抜いてみます」
相変わらず、刀身しか見えない。
「いや、後ろからじゃ分からん」
「ねぇヤツエくん、いま右足を自由にするから、ちょっと動かしてみてくれない」
足が宙吊りになるのを感じ、傷をゲラールで癒やす。
「生きてんじゃん」
「ふーむ」
痛みが足に走り、異物感が現れては消える。
「いや、遊んでんじゃないよ」
「おや」
「なんだよ」
「ねぇヤツエくん、君自分で回復してるでしょ」
「それがどうしたんだよ。おい、崩れるぞ」
とんでもない轟音が、おそらく後ろから響き始める。少なくとも、振動を感じる。
「まあいいか」
「早く、剣だせ」
「じゃあ、ヤツエくん。さよなら」
夜の青さと、闇に溶け込むツルミ達を廊下の向こう側に見る。
受け身を取ろうと手を伸ばし、底なしの闇が目の前に広がっている。
支えは最早なく、停めるものもまたない。
僕は、岩や木がぶつかり合う轟音に、飲み込む風の音に聞き覚えのある声を微かに聞く。
「ッエ、ヤツエ」
声は穴の壁を反射し続け、発信源を捉えることが難しい。
幸いにも、穴は十分に深く、発信源との角度差は落ちていくほどに小さくなっていく。
上以外は、暗闇しかもう見えない。
十分な暗さになると、上方の点のように頼りない光は、それでも確かに捉えられる。
「復せ、」
周囲が緑色に照らされる。術文と共にアミュレットも仄かに、だが、確かに光っていた。
表面はひんやりとなめらかで、しかし、その輝きは温かく、心強い。
心の目が、二つの白を捉えた。
「大ゲリール」
星空が見える。
「ヤツエ」
僕は上体を起こし、周りを見渡して見当識を補います。トウヤとツルミが、身を物陰に寄せていました。
外をうかがうと積もった土石が、向こう側に見えます。
「食堂が崩れた。魔族達も下敷きになった、ように見える。ハジメ様の指揮のもと、従者たちが矢を打てる構えを取り、そこを囲んでるところだ」
ツルミが、僕の前髪をナイフで切ります。
「行きより、さっぱりしたな」
「だが、弓兵隊はあくまでも牽制と保険。実際の作戦にはツルミ、そしてもちろん、ヤツエの力も要る」
秋の虫が、チリチリと音をどこかで奏でています。
僕は、食堂の瓦礫全体が見渡せる物陰にツルミと潜みます。
「来た」
瓦礫の一部が、上に吹き飛びました。何本もの剣身が、落下してくる瓦礫を弾き、周囲に跳ね飛ばします。
煙は、十分に立ちませんでした。
「なるほど。これは、バレてますね」
「打て」
「エータ」
弓兵たちが、矢を一斉に放ちます。魔人たちは、元いた窪みに引っ込みました。
続いて、剣を持った従者たちが瓦礫に駆けていきます。穴が地に開き、剣が生えますが、全方向からの進行を止めるには至っていません。
「ハジメ様の推測だ、奴らは、視界を術の行使に用いている。まず、穴は空に開かない」
僕は、作戦を頭の中で復唱します。
切られ、落ち、数を減らしても尚、残りの剣士たちは足を止めません。
「剣使いの得物は、影から生じるものだ。だから、明かりは焚かずに包囲攻撃を屋外で仕掛ける」
「しっつこいなぁ」
「落ち着け」
従者が、剣を窪みの縁から振り上げます。エータが振り向き、従者を瓦礫から出た剣で貫きました。
そして、従者は口に含んだ血をエータの顔に吹きかけます。
「ぐっ」
間一髪、エータは腕で防ぎます。目を覆って。
「うおぉっ」
別の従者がアノウに斬りかかり、
「こいつ」
剣の壁に貫かれ、
「やっと、同じほう向いたな」
トウヤが、エータを肩から切り裂き、両断しました。
「っ、兄ちゃ」
「アノウ、伏せろ」
エータの半身が、前方に滑り落ち始めます。
瞬間、窪みのそこから伸びたらしき剣が、エータ自身と周囲の従者たち、そして、トウヤを貫きました。
破裂したエータと剣が土煙となり、窪み付近の見通しを悪化させます。
「打て」
間髪入れずに、矢が瓦礫に、そして窪みに降り注ぎました。
震動。
体が浮き、何か巨大なものが擦れ合うような、軋むような音が空から響いてきます。
震えは地面から踵へと伝わり、膝が固まって動けません。
しばらくすると、その巨大な地震と、どこか慟哭を思わせる音は止み、静けさが周囲をふたたび覆いました。
僕たちは瓦礫を登り、窪みを覗き込みます。
瓦礫とは色の異なる二色の土が、小山となってただ残るだけでした。
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