第09話 場違い

 手の空いた従者たちは武器や矢を拾い集め、隊商近くに持ってきては、再び回収に向かいました。

「信じてくれ。俺たちは、脅されただけなんだ」

 野盗たちは手を後ろに組まされ、膝を地面についています。

「あいつら、妙な術を使いやがって。商隊が近々この道を通るから、それを襲え、そうしたら見逃してやる、って」

「従ったのか」

「あんたも」

 従者が、剣の柄を握りました。

「あんたらは、見てないから。みんな穴だらけになっちまって。どっちにしろ、あそこにはもう住めねえ」

「容姿は覚えているか」

「男女だ。背が高ぇ男と、中背の女。顔も格好も、そう珍しいもんじゃなかった」

「根城は、どこだ」

「し、知らねえ」

 僕は、弾まない物音を聞きました。


 賊の首が、端の方で転がります。 


「本当に聞いてねぇんだよ」

「自分がどこから来たのかも、分からないのか」

「向こうだ。林があの山の麓にあるだろ、そこだよ」

「そうか」

 従者たちが賊たちの眼球をくり抜き、馬車に向かっていきます。

 鳥の群れが、上空で旋回していました。四足たちが距離を隊商からおいて、平野にちらほら点在しています。

 従者が近づくと遠ざかり、彼らが装備を剥ぎ取って離れると再び近寄ります。

「では、総員。出立準備」

 荷台がカタカタと揺れ、僕は外を幌の隙間から覗きます。ちょうど、鳥たちが戦跡に降下し始めていました。

「その山刀、宜しければそのままお持ちください」

 商人が、口を皮の水筒で潤します。

「ご心配なく。武具は、まだまだございますから」

 荷台に積まれた剣や鎧がぶつかり合い、薄明るい幌の中にカチカチと響いています。

 僕は香りの良い枝を噛みながら、しばし、微睡みに沈みました。


「ヤツエ、僕たちの番だ」


 日暮れ前に修道院へ到着し、各班が温かい食事を代わり代わりに食堂で頂きます。

 僕たちは、商人や御者と別れました。自然と同属同士で卓を囲み、各自が話に花を咲かせて賑やかな空間となっています。

 蒸した芋を口に入れ、澱みのない水を飲みます。

「ちょっと、席を外すよ」

「失礼します」

 ツルミが、トウヤの隣で立ち上がります。そして、二人の従者があまり間を置かずにやって来ました。

 彼らは、腰を長机の向かい側へ下ろします。

 湯気が、従者たちの置いたカップから立ち昇っています。

「それで、足りるのか」

「はい。僕らは、これで」

 男の声が、ハジメの問いかけに応じました。隣の者が、カップを整った所作で口元に運びます。

「失礼だが、見ない顔だな」

「やっぱりね」

 背の低い従者が、口をカップから離しました。僕は手を懐に伸ばそうとし、隣のトウヤが席を立とうとします。


「おっと」


 剣が僕のケープから出ており、水かきが切り裂かれています。同じように、剣先がトウヤの右大腿から飛び出ていました。

「今は、ただ声を上げないで頂きたい。頭を狙いますよ。傷は治しても構いませんが」

「頭なんて、余計にバレるでしょ」

「確かに」

 剣が影に引き抜かれ、緑色の光が僕とトウヤの傷を包みます。

「結構、明るいわね」

「お嬢様」

「何が、目的だ」

 ハジメが、抑えた声で尋ねます。小さい方の従者が、ため息を吐きました。

「とりあえず、あれは無しね。盗賊たち相手に使ってたやつ」

「大癒術のことか」

「いや、名前は知らないけども。もう、目立つことをしないで頂戴ってこと」

 小さい従者が、目を僕にやりました。僕は、両手を卓上に載せます。

「野盗をけしかけたのは、お前たちだな」

「あいつら、喋ったの」

「釘を刺し足りませんでしたね」

「狙いは、私たちか」

「はい」

「えっ」


「えっ」


 大きい従者が、顔を小さい従者に向けました。小さい従者が、手を取っ手から離します。

「私、何か間違いましたか」

「いや、たちって。えっ、じゃあその術士も」

 僕はハジメの様子を伺うかどうか一瞬考え、下手に動くのは止めました。

 小さい従者が、横にいる従者を見上げます。

「えっ。どうする」

「私に聞かれましても。一旦帰って、魔王様に」

「おい」

 小さい従者の声がそれなりの声量で響き、向こうで給仕していた教師にちらりと見られました。

「つまり、君たちは魔族なんだね」

「あーあ。そうだけど」

「それで、狙いは私」

「たち、かもね」

「トウヤくん。大丈夫だ」

 大きい従者の視線が、トウヤから外れます。そして、従者はスープを口に運びました。

「なら、この状況は何だ。襲うわけでもなく、潜むでもなく」

「それはですね」

「あんたはいい。私が話す」

 小さい従者が、卓上を手で指し示しました。

「ここが、首都で」

 従者は、指を天板に沿わせます。

「こっちが、白星町。その間が、街道ね。で、ハジメが」

「私の名前は知ってるんだな」

「チッ。あんたが、首都を出てここを通り、こっちに入った。じゃあ今度は、こっちから出て首都に入るでしょ」

「そこを叩くと」

「その最中ってわけ」

 僕は手をグラスに伸ばし、水を無事に飲めました。

「で、私に近づき、油断させ、隙を見て暗殺。こういうことか」

「そうそう」

「そうですね」

 食器の微かにこすれ合う音が、周囲から聞こえます。カーテンが揺れ、夜が隙間から見えました。


「あれ。なにこの状況」


「こちらの台詞だ」

「正直、私たちもどうすればいいか迷っています、よね」

「うん、迷ってる迷ってる」

 小さい従者が、頷きます。

「手を引くという考えは、ないのか」

「そうしますかね」

「私は反対」

「先の争いを見たのだろう。二人で、この数に立ち向かえるとでも」

「できる」

 蝋燭の火が、卓上で揺らめきました。 

「できますね」

「ハッタリだろ」

「あ。やんのか」

 小さい従者が、トウヤを睨みつけます。大きい従者が、手を彼女の肩に置いて制しました。

「えっと、続けますね。まあ、いつもは魔王様が言う通りに、あれ、これって言っていいんでしたっけ」

「いいんじゃない。どうせ、殺すし」

「魔王様が言うとおりに動くんですね。今まで、それで上手くいっていて。ただ今回は、話が違ってるんですよ。そしていま、この中途半端な状況になってるんです」

「だが、手を引く気はないと」

「そうね」

「そうだ、自己紹介をしましょう」

 大きい従者が、手のひらを合わせました。


「私がエータで、彼女はアノウ」


「お前」

「まあまあ。で、あなたがハジメで、一つ飛んでトウヤ。すると、君はツルミ。それとも、ヤツエですか」

「彼は、ツルミだ」

「なるほど。じゃあ、さっきすれ違ったのがヤツエだ。あれ、でもさっき、君は癒術を使ってましたよね。覚えたんですか」

 ハジメが、腕を組みます。

「分かってて、言ってるだろう」

「いや、慎重を期しているんです。じゃあ、次の質問ですけど」

「いや、次はこっちの番だ」

 トウヤが、グラスを置きました。エータが、仰向けの指先を彼に向けます。

「魔王の居場所は、どこだ。そもそも、お前らは俺たちをなんで襲う」

「フェアじゃないですね。まあ、いいでしょう。一つ目には答えられません。二つ目の理由は単純で、あなた方から身を守るためです」

「あ。手を出してんのは、お前らだろ」

「私の番です」

「おい、まだ続けんのか」

「落ち着いて、アノウ。良いところなんです。はは」

 エータは歯を口角から覗かせ、指を組みました。

「ショームとアマネをやったのは、どちらですか」

「誰だ」

「うーん、これは」

 エータが、アノウに無言で伺います。半目のアノウが、眉を上げました。

「ショームは薬毒に詳しく、アマネはひたすらに早いやつでした」

「じゃあ、前者は俺だ」


 トウヤが、無数の剣を生やします。


 血の飛沫が、夕餉を彩り始めました。

「そうこなっくちゃなあ」

 地面が、音をミシリと立てます。僕が血の付いたパンを手にとるのと、ハジメが長机をひっくり返すのは同時でした。

 席から転げ落ちるように離れ、机の裏面に向かって突進します。

 闇。

 食事、床材、絶命したトウヤが深い闇の底に落ちていきました。

 刃が突き立てられた音を机の向こうに聞きます。

「ヤツエ」

 僕たちは横に走り、机と穴の間を即座に駆け抜けます。そして、無数の剣が机の裏へ棘のように貫通しました。

「やはり」

 剣が瞬時に消え、穴だらけの机が音を立てて崩れ落ちました。

「君が、ヤツエくんなのですね」

 食堂はあまりにも騒がしく、もはや従者たちが気づかないはずもありません。

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