⇩第二章 出立⇩

第08話 急襲

 朝靄が晴れるまで、隊商は町内に留まる算段となりました。

 日の出を受けてオレンジ色に輝く靄が農地に揺らめき、遠くに見える石積みの町壁が空に溶けて見えます。

「狼狩り、って半年前だったか」

「懐かしいな。森を逃げ回られて、厄介だった」

 トウヤとツルミが荷台に腰掛け、得物を傾けたり何やらしています。

 僕は術文を布に刻み、新しい布を用意してはまた刻みました。

「しまった。髪を忘れた」

「珍しいな。ナイフは、有るか」

「大丈夫」

 ツルミが短刀で分けた前髪を数本切り、束にして結びました。

「ヤツエ。切るぞ」

 僕の髪は同じく束にされ、トウヤのもベルトポーチに入れました。

「まもなく、出立します。各員準備をお願いします」

 僕たちは幌馬車の内部に進み、腰を木箱などに下ろします。頑丈で、中身も詰まっているようでした。

 馬が御者の合図とともに音を立てて起動し、身体が慣性を感じ始めます。


「出発」


 声が、馬車の前方遠くから響いてきました。

 僕は、後方を幌の隙間から眺めます。

 農地を進み、町が遠方に小さくなり、やがて関所も道の向こうに置き去られていきます。

 街道の敷石が平原を一本線となって貫くころ、突然、つんざくように甲高い音が響きました。

「後からだ」

 御者が荷台に移り、乗り合わせていた商人を含めて彼らをツルミに任せます。

「僕も、できる限り援護する。気を付けろよ」

「そちらの御仁、こちらを」

 僕は、軽量の刃物を商人から快く受け取ります。

 直後、音が荷車からドスドスと聞こえてきました。幌を突き破った弓が、荷台の床に突き刺さります。

「山刀です。僭越ながら、そちらのナイフよりも頼りになるかと」

 僕とトウヤは、彼らを残して荷台から降ります。金属のぶつかり合う音が喧騒とともに響き、地面を蹴る音が、幌馬車の向こう側から聞こえてきました。

 身を馬車同士の間に隠していると、馬に乗った人影がどんどん隊商前方へと横で駆けていきます。

「規模が、でかいな」

「品物を降ろせ。少しでも反抗すれば、容赦なく切る」

 野盗たちが隊商を取り囲み、近くの賊が命令を馬上から下しました。

「おい、早く動」


「継げ、大ゲ・リール」


 ハジメの声が響き渡り、僕は隊商の構成員それぞれが緑色の光に包まれるのを見ます。

 精霊が身体から離れていくのを感じながら、僕は力を山刀の持ち手に込めます。

「総員、かかれ」

「うおぉぉ」

 ハジメの護衛隊が、馬車から飛び出し始めました。

 トウヤが追って駆け出し、近くの賊に斬りかかります。

「命知らずが」

 賊は背をトウヤに向け、手綱を操りました。馬が後ろ蹴りを放ち、トウヤが吹っ飛びます。

 が、すぐさま立ち上がり、駆け出した勢いで刃を馬の脇腹に突き立てました。

 賊はすぐさま飛び降り、トウヤはそのまま剣を振り上げて馬を両断します。

「シッ」

 賊が、隙を見てトウヤの背中を切りつけました。

「ヤツエ、よそ見してる場合じゃねぇぞ」

 トウヤが、賊を振り向きざまに分断します。見えた背中には傷ひとつなく、光の粒が筋となって回転の残像を描きました。

 僕は、辺りを見回します。

 付近にいる賊はどれも騎乗しており、追いつく術がありません。

 僕は側の小石を拾い、山刀で指を切って血を塗りたくります。そして、近づけそうな賊に向かって走り出しました。

「くそが」 

 賊の馬が誰かの矢によって倒れ、振り落とされた賊が立ちあがる前に、僕は山刀を振り下ろします。

 刀は、肩を滑るように切り裂きました。

 賊が腕の支えを失い、僕は追撃を加えて刃を首に通します。

「くたばれ」


 僕は、刃が胸から突き出てくるのを見ました。


 ゲリールで修復を続けますが、剣が邪魔で完全には直せません。

「聞け、こいつがどうなってもいいのか」

「ヤツエッ」

 賊の吐息が横に向くのを聞き、僕は小石を震える手でケープの裏ポケットから取り出します。

 そして、山刀と小石を賊の背後へ、悟られぬようにそっと放り投げました。

 意を術文の在りかに注ぎます。

「大、ゲリール」

 僕の視界が、瞬時に切り替わりました。

 件の賊が見当たらず、急いで振り向きます。山刀を力なく崩れる僕だったものに気を取られている賊の首側面に突き立て、刃先を回し、喉前へ振り抜きました。


「ゴ」


 僕は賊のアキレス腱を念のために切り、僕だったものから装備を手早く回収します。

 騎馬した賊は、数を先よりも減らしています。矢が隊商方面から断続的に放たれ続けていました。

「け、退けぃ」

 騎乗中の賊たちが、距離を一斉に取り始めます。

 馬を失った賊も追い始めますが、一部は逃れ切れず、護衛たちに斬り伏せられていきます。

 矢が、地面に刺さり始めます。遠方の賊たちが、矢をなりふり構わずに放っていました。

「追う必要はない。残った賊のうちでまだ口が効ける者だけ、死なない程度に傷つけて此方に集めよ」

 僕たちはまだ刃向かう者たちを切り、動けない賊を武装解除させます。

 いつしか、平原が静けさを取り戻し、襲撃者が隊商の近くに並べられました。

 涼しい風が吹き、人と剣の輪郭が風のそよぐ草原に点在しています。

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