第07話 旅支度
診療所の勝手口を開けると、川のように冷たい風が頬を撫でます。
壁際に積もった枯れ葉が擦れ合い、乾いた音が青い影に消えました。
「あとは、お任せください。お気をつけて」
空気が、シノとアイスケの口元で白く色づきました。登ったばかりの陽が影を作り、僕の輪郭が彼らに投射されています。
僕は背を彼らに向け、ひっそりと静まった街路を歩きます。役場の門を通過し、ツルミ達と落ち合いました。
職員が会議室の電源をつけ、傾斜の付いた座席が順次照らされます。僕たちは、腰を左翼の中程に落ち着けました。
足音が後方から聞こえ、ハジメや付き人が右翼に入りました。教会陣は、両翼に挟まれて座ります。
「では、会議をこれより始めたいと思います」
議長が言い、左翼最前の町長が壇上に上がりました。
「明朝、隊商が首都に立つ運びとなった。先の会議および首長方との申合せをふまえ、首属大術士殿および本町属大術士は当隊商と協同して首都へ向う策が決まった。本町属術士不在の間、首都より派遣された術士がその填補となり、その任に本町属術士と協力して臨む手筈となっている」
派遣者たちが右翼中段で立ち上がり、中央席と左翼に敬礼します。
「本隊商および首都従属軍の武装および兵糧は十分なものと思われるが、慎重を期して能有る者たちを本町からも数名これに付ける」
ツルミとトウヤが隣で立ち上がり、敬礼が先とは反対方向に行われました。
「本町属大癒術士不在の間、本町の防衛には通常通り本町属部隊と教下隊、加えて首属派遣部隊の合同で行われる」
中央席の教師たちが目礼し、町長がグラスを手にとって口を潤します。
「さて。今一度、当計画を策した要因と目標を確認する。魔人との遭遇事例が先々月から本町近郊で多発し、本町属大術士も二度交戦している。被害は、一件目は近隣住民の早期発見、その後の討伐に至るまでごく軽微に収まった。もっとも、毒物による実被害が出たことを考えると軽視できるものでは決してない」
鑑定課からの報告によると、件の毒物は近隣郡に至るまで未知の代物であり、魔族独自の発明品であると推定されたようでした。
「そして二件目。首属大術士殿が本町に来訪する機に乗じ、その暗殺が本町属大術士を含めて試みられた。未遂に終わったが、先の件と違い、多数の被害が教会や町民に確認された。ゆえに」
町長が一句区切り、手元の冊子をめくります。
「両名は、人民および大術士二名への被害を抑え、また魔族への対処を本格化するため、首属下対魔族討伐隊に編入される。以降、両名は魔族掃討の任に首長の指揮のもとで当たられるものとする。以上」
議長が質問を募ります。
「今一度、ご確認致したく」
中央席の教師長が、挙手しました。
「本町防衛の際、各隊が合同でそれに当たるとのことでございますが、混成ではないという事で誤りございませんか」
「はい。あくまで、各隊がそれぞれの領分を担当する、という運びとなっています」
「承知いたしました、ありがとうございます」
議長が再度問を募り、町長が自席に戻ります。
「それでは、これより本策の具体的運びに関し、隊商長をご中心に説明、確認していきます。では、隊商長殿はご段上にお上がりください」
会議は、夕方に終わりました。
靴底の床を打つ音が、会議室に響きはじめました。隣でトウヤも立ち上がり、腰を伸ばしています。
僕は、鑑定課の窓口に向かいました。
「お土産、よろしく」
「エイジくん。ヤゲンをよろしく」
「お二人とも、どうかご無事で」
「ヤツエ、私は、遅れて行く。トウヤくん達を待たせていても、悪い」
空は赤みを帯び、長い影が僕らの足元から伸びています。
二対の金属ランプが教会の門に吊るされ、蝋燭の火が無数の穴からちらつき揺れていました。
僕らは、明るく照らされた食堂に入ります。教師に案内された席に向かい、椅子を引きました。
花が活けられており、長机に等間隔で並んでいます。
「ヤツエ様」
僕たちは腰を上げて向き直り、教師長に敬礼しました。
「皆様のご武運をお祈りいたします。白彗星様のご加護が、あらんことを」
教師長が、手印を結びます。
「皆が、頼りすることでしょう。貴方だけが使える、大ゲリールを。それと、御三方にこれをお渡ししたく」
彼は、アクセサリーを僕たち三人にそれぞれ手渡しました。それは、白く滑らかな手触りです。
「このアミュレットは白彗星様より賜ったその一部を加工し、代々受け継がれてきた品です」
「そんな大切なものを」
「大切だからこそ、貴方方にお預けするのです」
教師長が自席に戻り、僕らもまた席に着きます。会場が満たされ、配膳が終わり、食前の祈りを捧げました。
白磁器に盛り付けられた鮮やかな肉や瑞々しい野菜を食べ、餅をちぎります。
晩餐会がつつがなく進行し、やがて終わりました。僕らは正門をくぐり、星夜の帰路を歩きます。
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