第05話 大癒術
緑色の光が、周囲のあちらこちらで明滅しています。
付き人や説教師がトリアージを付けており、僕は救護に専念しました。
「先生、ありがとうございます。シラボシ様、ありがとうございます」
壮年の男性が、手を合わせて祈りを捧げました。今や破れた袖だけが、惨状を物語っています。
「ヤツエ先生、次はこちらです」
夫婦でしょうか。男性の目を覆うように斜め巻きされた布が、真っ赤に染まっています。眼孔のシルエットが、明らかに分かるほどです。
女性が彼の手を握りしめていましたが、男性は顔を地面にぼんやりと向けたままです。
「せっかく、無実だって釈放されたのに。ついて、ないぜ」
「大丈夫よっ。お客さんたちが、信じて待ってます」
癒術の明かりが、彼の頭部を包みこみます。男女の嵌めるお揃いの指輪が、光を反射しました。
女性のたくましい腕が、布を解きます。
「良かった」
「ああ。良かった、んだろうな」
「失礼いたします、ヤツエ先生。あとは、他の術士でまかなえます。中をお願い致します」
説教師に促され、僕はファザードをくぐります。
鉄と土埃の匂いが、教会の中を満たしていました。瓦礫の山が、身廊から内陣にかけて点在しています。
術士たちが癒術を駆使していますが、恐らく応急処置に過ぎないでしょう。
「運び出せなかった者、そして、生きていると判断できなかった者たちです」
半身を瓦礫に押しつぶされた者。恐らく、全身が石の下に埋もれている者。
大癒術自体は使用できます。ただ、これは。
「私たちが、居ります。責もまた、私たちに」
付き人の一人が、剣を構えます。ただ真っ直ぐに、震えの欠片もなく。
僕は、杖を胸から下だけ見える怪我人に構えました。教会内に響く周りの声が、遠くに聞こえます。
「いきます」
一刀。
他の付き人が、物体をすぐさまに起こします。
「復せ。大ゲリール」
物体が光に覆われ、失った上体を取り戻します。輝きが、鋼の剣と柘榴色の血に反射します。
「なんて、目映い白光だ」
付き人が剣の血を静かに拭い取り、鞘に納めます。
僕たちは癒された者を他に任せ、残りの怪我人を尋ね回ります。
「私どもが代わります。副隊長は、少しお休みください」
「そうか、いや、すまない」
燃えた明かりの燻った煙が堂内に未だ満ちており、火事が消されてもなお、焦げ臭さが残存していました。
煙が非常灯の光を拡散し、僕は訓練された彼らの案内を心強く感じます。口をハンカチで覆いながら、僕たちは救助を続けます。
「今来ますよ。お気を確かに」
「ああ、来ましたね」
術士の放つ微かな光に近づいていきます。石たちが要救助者の足を押し潰しており、顔が汗で塗れています。
「ヤツエ先生、ヤゲンくんが」
鑑定課長が、声を絞り出しました。
ヤゲンが。
「すいません。この場合、私がまずは先ですね。朧げに聞こえていましたから、大丈夫です、やってください」
額の汗が、緑色の光を照り返します。
「ヤゲンが、ヤゲン、ヤゲンくんがですね」
課長は噛まされていた布を解きながら、なお蒼白な顔で吃りつつ、言葉を紡ごうとしています。
説教師が、水を持ってやってきました。コップを傾け、課長も落ち着きをだんだんと取り戻していきます。
「大丈夫ですか」
「ええ、ありがとうございました。それで、ヤツエ先生。ヤゲンくんと先の説教会に来ていたんです。彼女だけ途中で退出、その、花摘ということで、すぐ戻ると言っていたんですが」
課長はコップを握った手を緩ますことなく、語り続けます。
「その後しばらくして、音が頭上から急にパラパラとして、あとはこの通りです。やはり、ヤゲンには会ってないんですね」
ヤゲンは、僕が手当した中に居ませんでした。他の術士が、彼女に対応した可能性があります。
僕は彼女の特徴を伝え、付き人たちが聞き込みに駆け出しました。
「そうだ、ハジメ先生は如何しましたか。彼にも伝えないと」
「ヤツエ先生」
先と違う付き人が、小走りでやってきました。
(刺客が、逃げました。武装解除したのですが、包囲をかいくぐって。ハジメ様が、お呼びになられました)
僕は立ち上がり、怪我人が残っていないことを確認しました。
「ヤツエ先生。ヤゲンのことを、ハジメ先生に」
僕は課長にうなずき返し、付き人に導かれて教会の外に出ます。町民たちは落ち着きを取り戻し始めていたものの、現場から離れた場所へ避難するに留まっていました。
「刺客は、どこに潜んでいるかわかりません。腕を切り落としましたが。ヤツエ様、僭越ながらご用心を」
僕たちは日の落ちた並木道に辿り着き、付き人がハジメ先生に取り次ぎました。
「奴は、向こうへ逃げた。雑木林の方角だ。だが、まずヤツエは怪我人を。なに、ヤゲンが」
首を切られた先の従者が、地面に横たわっています。
僕は杖を取り、大癒術を唱えました。彼が、元通りになっていきます。
「起きぬけにすまないが、行方不明者が出た。役場職員でヤゲンという。これが顔の写しだ。付近に逃れているかもしれない。至急動いてくれ」
彼が、捜査に向かいます。遠くの灯りが、視界の端で揺れているのに気付きました。
「発見。刺客発見、戦意ナシ。戦意ナシ」
「居たか。であらば向かうぞ、ヤツエ」
僕たちは小道を走り、整った生け垣を抜けて雑木林に入りました。
天上は覆われて暗く、携行ランプだけが足場を照らします。
僕たちは樹々の隙間から目視した灯火に向かって走り、現場につきました。
「気をつけろ。敵は存命だ。油断するな」
「闘志など、これでは持てるはずなかろうに。まさか尚早だったとは。魔王様」
今や刺客の四肢はなく、胴体も水平に両断されていました。
「お前たちが」
「いえ。腕はともかく、発見当時にはこの有様でした」
僕は先ほど感じた殺意を、抑制されてなお漏れ出た憎悪の如きものも、今の彼に感じ取ることはできません。
「話だ。話をしよう。命乞いなどしない。直に俺は朽ちる」
来訪者の問いかけは、葉のざわめきに吸いこまれていきました。
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