第04話 切断

 僕たちが信仰する白星教は、旧き地に落ちた彗星を崇めます。創世を翻訳した言い伝えが神話となり、古来親しまれてきました。

 僕は説教を聞きながら、記憶と教えの齟齬を確認します。

「今は昔、未だ陰陽の分かれない混沌の天下にありて、衆生たちもまた秩序なく法なき大地に蠢いておりました。しかし、その濁った瞳がある日輝きにまみえます。それこそが私たちを人ならしめたあの御方、白彗星様なのです」

 内陣に置かれた御神体はまさしく彗星の偉業をかたどった被造物であり、星自体は像の足元に埋められているそうです。

「私たちには、シラボシ様という御名前のほうがより親しまれております。白星様は衆生を哀れみ、お救いなさるために三方へお別れになりました。そうして世界をあまねく照らし出し、影も同時に産まれたのです」


「大癒術士様」


 見知らぬ人の囁やく声を聞きました。

「あ、たいへん失礼いたしました。ハジメ様、面会のご予定などはございませんよね」

「そのはずだが」

「そうですよね」

 恐らく、ハジメの付き人でしょうか。整った佇まいからして、僕にも手練れであることは分かりました。

 ハジメが、静かに立ち上がります。視線が合い、僕も伴って身を低くし、歩みを側廊まで進めました。

「警備の者が、今その訪問者に応対しています。風貌に目立ったところは、ございません。いかがいたしますか」

「確認しにいこう。むやみに、邪険には扱えまい」

「こちらです」

「ヤツエ。君も、少し後ろに離れてついて来てくれ」

 僕たちはファザードを抜け、夕暮れの並木道を歩きます。人々が門の周りに集っているのが見えてきました。

「どうでしょう。存じ上げた面、でしょうか」

「いや。とはいえ」

 ハジメと付き人が、集団に混じっていきます。僕は、道の端で待機しました。

「たまに、昔の知り合いがお会いしたいって申し出ることがあるんですよ」

 同じく道端で警備している付き人たちの一人が、声をかけてきました。

 僕は、来訪者を観察します。身なりは小綺麗で、着こなしに不自然はありません。

 強いて言えば、あまりにも落ち着き払い、修行者のごとく活力を抑制している印象さえ受けます。

「剣」

 隣の付き人が、呟きました。


「ハジメ様」


 血しぶきが上空に流れます。僕は応戦体勢をとりました。

 突然の変化を把握しようとし、来訪者を再度目視します。

 帯刀していた付き人たちが来訪者を取り囲み、ハジメは癒術を輪の外で唱えます。

「心配ない。ヤツエは教会を」

 しまった、ハジメが口を閉ざします。しかし、彼の目が不覚を取ったことを暗に述べていました。

 来訪者が、ゆったりと片手を上げます。護衛の一人が、斬りかかりました。

「よせ」

 ハジメが叫んだ直後、来訪者は剣を既に抜き終わり、残心の姿勢を取っています。

 護衛が地に倒れ、追って、剣の落ちた金属音と、熟れた柿を潰したような音が静寂の木立に吸いこまれていきました。

 先程、傍で上品に微笑んだ顔に何も今は感じ取れません。

 再度、来訪者が手を上げ始めます。

「貴様、と貴様」

「ハジメ、奴らはこの機会を狙っていたんだ」

「禁忌の、邪神の代弁者ども」

「護衛を付ける。お前は、教会を頼む」

「後ろを任せてください。さあ」

 僕たちは、教会に走り出しました。

 樹々の連なった影が目にチカチカとちらつき、非常な鮮やかさに戸惑います。

「魔王様のため、死んで頂く」


 風圧。


 後方から迫りくる何かを感じ、僕は精霊の声に応じて地面に咄嗟に滑り込みました。

 血の霧が視界を縁から陣取り始め、遠く、教会の尖塔が水平に二分された、のでしょうか。

 枝。僕は瞬時に踏み出しながら上方を目視し、側枝との衝突を回避しました。

 向き直ると付き人達の身体達が、蠢いて。

「どこを見ている」

 視界が、高速で流れていく。

 平静を保て。僕はまだ。まだ繋がっていると信じろ。

 喉が既に声を為さないが、遠くの脊髄に命じる。そのための、術文のアウトソーシングだろ。

「づ、だい、ゲリール」

「っ」

 緑色の閃光が杖から放たれ、周囲一帯の人命を高速で修復していきます。しかし、力量差があまりにも彼我で開きすぎでしょう。

「うおぉぉ」

 護衛たちが刺客に突進し、組んで体勢を固めだします。

「剣はこれで振れないはず、残りの者は大術士様を援護」

 僕と護衛は、教会に走り出します。

 崩れた尖塔が屋根を突き破り、集会の参加者を襲っているもしれません。

 施設内に残った付き人のどれくらいが術士であるかは、未知数です。

 大癒術を使えるものが、必要なはずでした。役目をハジメに任された以上、僕がやられねばなりません。

 教会入口が、見えてきます。人々が、ファザードから逆流していました。

 慌てふためいては居るものの、ハジメの付き人や説教師たちが流れを制御し、人の雪崩だけは何とか防いでいました。

「敵襲、増援求む。正門方向、並木道、術士イチ、応戦中。増援求む」

 連れ立った護衛が、声を張り上げます。

 僕は、杖をしっかりと握ります。そして、ファザード脇に運ばれた怪我人たちを治療し始めました。

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