第03話 師匠

 数日後、ハジメが町に訪れました。

 訪問の目的は手紙に記されておらず、あくまで業務上の要請で帰郷しただけかもしれません。

 僕は来院した患者に対応しつつ、真昼まで過ごしました。

 休憩時間にさしかかるころ、職員のアイスケが正面口を施錠しに行きます。

「あ、誠に、失礼いたしました」

「構わないよ。この場合、私がむしろ悪い」

 僕が玄関に向かうと、ハジメがアイスケのそばに居ました。

「やあ、久しぶり。運営は順調そうだね」

「ハジメ様。こちらへどうぞ。いまお飲み物をお持ちいたします」

「ありがとう」

 僕とハジメは応接間に向かいます。椅子に腰掛け、アイスケが持ってきた水を飲みました。

「やはり、ここの水のほうがいいね。手紙は届いたかい。数日前には届いたはずだ」

 僕は懐に入れていた手紙を取り出し、机に置きました。

「ふふ、直接来るとは思わなかったようだな。弟子の様子は、是非に見たいものだろう。要件は、午前中に済ませてきた。用が、役場にあってね」

 ツルミが今朝方に来院し、会議に参加すると聞きました。ピリピリした雰囲気が続くとトウヤも話していましたっけ。

「ヤゲンも、元気そうだった。長くは居なかったが。仕事に忙殺され、それどころじゃなさそうだったからな」


 で。


 ハジメが一句区切ります。

「同じような被害報告が、全土から寄せられている。毒を用いた手口も、同じだ。指令が、直に下るだろう。君も、おそらく参加する」

 癒術士の存在は、魔人との戦いで勝敗に深く関わると聞きます。僕も、例外なく彼らの一部でしょう。

「君の耳にも入れておこう、と思ってね。もっとも、それだけじゃないが」

 ハジメは水を飲み干し、立ち上がって窓の前に向かいました。午後の光が、白髪交じりの頭を一層白ませます。

 僕は昔の光景を思い出しました。ハジメの面が孤児院の中庭で緑色に染まる様を。

「久しく、教会に行ってないと思い出してね。首長に頼み、予定を組み込んで頂けた。だから、君を誘いに来たんだ」

 僕は、グラスを傾けました。空になったそれを卓上に戻します。

「代わりの術師を一人、置いていこう。大事な診療所だから」

 僕は業務内容を術師に伝え、あとはアイスケたちに引き継いでもらいました。

 上着を羽織り、杖の携行も忘れずに確認しました。

 僕たちは、勝手口に向かいます。ハジメが外靴を履くために屈み、緑色の光粒がケープから漏れ出しました。

「あのときも、そんな目をしていたね」

 ハジメが、ニヤリと口角を上げました。整った歯が、並んでいます。


「今も変わらず、私にはこれが、青色に見えるよ」


 並木の影が、黄味がかった色の縞模様を描いていました。僕たちは、足を街の中心よりも離れに進めます。

 教会に着くと説教師が、僕たちを迎えました。帽子を取り、会釈します。

「ようこそ、おいでくださいました。大癒術士様」

「突然の来訪、申し訳ございません。お忙しくはございませんでしたか」

「仔細、ございません。観覧者への説教が夕刻頃に設けられていますが、お気遣い頂く程ではございません」

「それは息災で、なによりです。ヤツエは、よくやっていますか」

「それは、もう。ヤツエ様にお救い頂かれた患者方たちは、数え切れません」

 僕たちは説教師と分かれ、御神体を身廊から見上げます。上方から入った西日に照らされ、星のように煌めいてました。

 手を合わせ、祈ります。

 ふと、僕は思い出しました。二人並び、修行時代によく拝んだことを。

「今後もこれで、一切合切が大丈夫だ」

 ハジメの顔が、分光したコースティクスで照らされています。僕も、光をおそらく同じように受けているでしょう。

 別れを煌めく御神体に告げ、僕たちは袖廊から教会の外に出ました。

 敷地内に併設された孤児院へ向かいます。花壇を囲む小道を通り抜け、僕が居た頃と佇まいの変わらない孤児院に到着しました。

「ヤツエ先生。こんにちは」

 前庭で遊んでいた子どもたちが、集まってきました。花の冠や指輪が、色とりどりの光を放っています。

「おじさん、誰」

「おじさんはね、ヤツエ先生の先生、だよ」

「先生の先生ってなに」

「皆さん。この方も、すごいお方なんですよ」

 世話を見ていた職員が、子どもたちに語りかけました。

「そうなの」

「そうだよ」

 ハジメはしゃがみ、子供の手を取ります。そして、手に手をかざしました。


「ゲ・リール」


 緑色の光が子供の指を包み込み、やがて粒となって空に流れました。

「私も、葉や棘で手をよく切ったものだよ」

「そんな。わざわざ御力を」

「構いません。治りが、少し早く訪れたに過ぎませんから」

 子ども達が群がります。

「え、どうなったの」

「痛いのが、無くなって」

「すげえ」

 僕たちは彼らと分かれ、足を孤児院に踏み入れました。

 受付の職員が、よく手入れされた内部を案内してくれます。

 見た目こそ大きな変化なく見えますが、実のところ、あちこちが僕がいた頃よりも現代的な技術に置き換わっているようでした。

「ハジメ様から見て、いかがでしょうか」

「私の頃よりも、快適になっていますね。もっとも、当時は全く不便だとは感じませんでしたが。何にせよ、良いことですね」

 僕たちは、回廊から中庭を眺めます。日がより傾き、明るい空と雲だけが中庭を照らしていました。

「先生、そろそろ」

 子供が、職員に話しかけました。

「そうだね。あ、先生方、これから少々ここを離れるのですが」

「存じております。私たちも、聞きに行く予定ですから。お構いなく」

「承知いたしました。失礼いたします。じゃ、ショウコちゃんみんなを呼んできてくれるかな」

「分かった」

 職員と子供が、廊下を駆けていきました。


「じゃあ、私たちも行こうか」


 ハジメと僕は、孤児院を後にします。小道からファザードまで至ると、老若男女が教会内に入りこんでいました。

 身廊には先と違って長椅子たちが用意され、僕たちも腰掛けました。

 教会内の明かりが、灯され始めます。堂内がオレンジ色に包まれ、説教師が祈りを御神体に捧げます。

「直接の説教は、久しぶりだよ」

 ハジメが、僕の隣でそう囁やきます。今更に、僕のほうが背丈を超えていると気づきました。

 説教師が、内陣の教壇に立ちます。

「さあ、はじまりだ」

 説教師は本を開き、息を吸い、口を開けました。

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