第8.5話 私が恋に落ちた日(桐山 ひより視点)


「...うーん」

「おはよう、ひより! って、レシピ本見て考えこんでどうしたの? もしかして、話に聞いてた翔太くんのお弁当メニュー考えてる感じ?」

「うん」


 ある土曜日の朝、私が自室にて最近買ってきた「オススメのお弁当のレシピ本」なるものを眺めていると、昨日久しぶりに家へと戻って来た今年大学3年生の沙羅さら姉がドアを開け入って来たかと思えば、そんなことを尋ねるので私は軽く頷く。


「まさか、朝から半年ぶりに帰ってきたお姉ちゃんとのコミュニケーションをとるより翔太くんのお弁当のレシピに悩んでいるとは...もしかして、お姉ちゃんより翔太くんの方が好きだとでも言うの!?」

「うん」

「まさかの即答!? 嘘でもいいからそこはお姉ちゃんって言ってよ。あと、せめてもう少し躊躇して? お姉ちゃん嫉妬するよ?」


 私が即座に沙羅姉の言葉に肯定すると、沙羅姉は少し頰を膨らませながらそんなことを言う。


「でも、事実だし...」

「相変わらずドライだなぁ。いや、それでこそひよりって感じで、変わってなくてお姉ちゃんとして嬉しくはあるんだけど」

「...沙羅姉、見ないうちにMにでもなったの?」

「断じて違うよ!? だから、お姉ちゃんか

 そんなジリジリと距離を取らないで!? むしろドSだから、安心して?」

「それはそれで嫌だけど」


 沙羅姉はMであることを否定したいが為か変なことを口走っていた。相変わらず、動揺に弱い姉である。


「にしても、ひよりって本当に翔太くんのこと好きだよね」

「何を今更?」

「いや、知ってはいるけどさぁ。久しぶりに会うと思い知らされるというか、なんというか...。そこまで好きになったキッカケとかってあるの?」

「キッカケ...」


 ふと、沙羅姉にそんなことを聞かれ私は翔太に恋に落ちたあの日のことを思い出していた。



 *



 私と翔太は生まれた頃から家が隣で昔からよく遊ぶ中だった。それでも、ただ幼馴染というだけで小学校の頃は特別意識なんてしていなかった。それにその頃は翔太以外にも普通に女子の友達がそこそこいたような気もする。

 でも、私が中学生にあがった時状況は一変した。入学式を終えた2日後、私は突然体調を崩した。

 勿論、当時は少しすれば治ると思っていたのだが中々治らず、ついには病院に入院することになってしまったのだ。


 入院した初日なんかは同じ中学校の小学校の時に仲の良かった友達が結構来てくれた。「早く、良くなってね」「学校で待ってるよ」「また、来るからね」そんな言葉をかけ学校に行けず落ち込む私を励ましてくれた。

 でも、そんな状況が1週間、2週間と続きお見舞いに訪れることはなくなっていった。

 今にして思えば当たり前のことだったとは思う。中学生になったばかりなのだ。新しい友達も出来たのだろうし、新しい環境についていくのに大変だったのかもしれない。

 きっと、私が逆の立場でもそうしていたと思う。

 それに私の病気は本当に重たいものではなかった。命に関わるものでもなければ後遺症が残るといった類でもない。体調が良くなればすぐにでも退院出来ると言われていたし、その子達にもそう伝えていた。

 だからお見舞いに来てくれなくなったのもしょうがないことだったのだ。と、今の私になら納得出来る。

 それでも、当時中学生になり友達と部活や映画館などを夢見ていた私にとってそれはあまりに辛く悲しいものだった。

 私も本当は学校に行ってみんなと話して笑い会いたいのに、そんな当たり前のことさえ出来ない。

 みんなは私のことなんて忘れてしまったのではないか、そんなことばかり考えていた。


 しかし、翔太だけは1週間が経っても、2週間が経っても、1ヶ月が経っても、3ヶ月が経っても、半年が経っても、毎日病院にやって来てくれた。

 そして、やって来てはトランプを広げて神経衰弱を挑んで来たり(尚、翔太は弱すぎて全然勝てなかった)、その日あった面白いことを話してくれたり、私のくだらない愚痴に頷いてくれたりと色々なことをしてくれた。

 私もほかの友達が来なくなっても翔太が来てくれることが最初のうちは嬉しかった、が次第にもしかして翔太は無理をして来てくれているのではないかと思い始めた。

 翔太もみんなと同じく中学生になって他の友達も出来ているだろうし、きっとその子達と遊びたいだろう。それなのに、こうして来てくれるのは幼馴染という一種の義務感でもあるのではないか?


 そんな風に考えた私はある日、翔太に「無理してない? 本当は他の子と遊びたいんじゃない?」と直接尋ねてみることにした。

 正直、本音を言うならとても怖かった。もし、そこで頷かれてしまえば私としては「無理をしなくていいよ。私は平気だから来なくてもいいよ」と言うしかない。


 翔太と話す時間がつまらない日々の中で唯一楽しみだった私にとってはそれはあまりに辛いことだった。でも、もし翔太が無理をして自分の友人関係を壊してまで来てくれているのだとしたら、それは私も幼馴染として止めなければいけない。そう考えたのだ。

 そうして、勇気を振り絞り少し言葉を震わせながらもそう尋ねた私だったが、


「? 全然、無理なんてしていないよ? 突然どうしたのひよりちゃん」


 翔太は心底不思議そうに首を傾げながらそう言い放った。


「で、でも、毎日私なんかのお見舞い来て大変でしょ?」


 予想外の反応に私は戸惑いそう返したが、


「ええっと、お見舞い...っていうか、僕は普通にただただ友達に会いに来てるだけなんだけど」


 翔太は少し困ったような表情でそう口にした。


「でも、病院だよ?」

「友達と遊ぶ時にその子に家に行ったりするでしょ? 僕の場合はそれがたまたま病院だったってだけじゃん」

「で、でも——」

「とーにかく、どこも無理なんてしてないし、義務感でお見舞いをしに来てるつもりもない。僕はただ...ひよりちゃんと話したり遊ぶのが一番楽しいから来てるだけなんだよ?」


 それでもどこか納得のいかない私に対し、翔太は私の目を見て諭すようにそう続けた。

 きっと翔太からしてみれば何気なく発したであろうその言葉が当時の私にとってどれだけ嬉しかったか、語るべくもない。


「どう、分かってくれた?」

「...うん」

「そっか、それは良かったぁ」

「っ」


 そして私がその言葉に対してコクリと頷くと翔太は満面の笑顔で私に微笑みかけるのだった。


 *


「ふふっ」

「えっ、急に笑ってどうしたの? 今の一瞬でなにがあったの?」


 私が懐かしい出来事を思い出していると、沙羅姉からそんな言葉が飛んで来てすぐに現実へと引き戻される。


「なんでもない」

「いや、口元ニヤニヤだけど? 可愛いほっぺたもフニャフニャだけど!? ...まさか、また翔太くんのことでも考えてた?」

「答えは沈黙」

「翔太くん今度あったらとっちめてやるぅぅぅぅ」

「なにも言ってないのに...」


 そして何故か、沙羅姉は目から血の涙を流してそんなことを叫ぶのだった。



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次回「学年が上がりました、何故か同じクラスになりました」



良かったら星や応援お願いします。今回のは番外編的な感じなので、翔太にいつもの嫌われようとする意識がないのは許してください。

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