第7話 バレンタイン
「...野上、野上、今日ってなんの日か知ってるか?」
「なんの日って普通にバレンタインだろ?」
「違いますぅ、第一回箱根駅伝があった日ですぅ。決してそんな浮ついた行事がある日じゃないですぅ!」
今日は珍しく休み時間にひよりがやって来ないので、涼と話していると涼が突然声を荒あげてそんなことを言う。うるさいな、この陸上部員。
「でも、だとしても世間一般からしてみたらバレンタインだろ」
「畜生っっっ!! なんで、なんでっ、俺は」
だが、俺が冷静にそう口にすると途端に机に突っ伏しておいおいと悲痛な叫びを漏らし始めた。こいつは自分から話を振っておいてなにがしたいんだ?
「まぁ、落ち着け。バレンタインにチョコなんて貰えなくても別に死ぬわけじゃない」
「確定で貰えるお前が羨ましくてしょうがねぇよぉぉぉ」
俺はなんとかたしなめようとするが、涼はそんなことを言って更に落ち込んでしまう。
「確かにひよりからは貰えるけど...手作りとかじゃなく普通にいつもスーパーとかのチョコで義理チョコだぞ? ただの幼馴染だし」
「はっ? えっ、マジで?」
しかし、次の瞬間俺がポロッと呟いた言葉に涼が異様なほどの反応を見せた。急にどうしたんだ、こいつ?
「本命チョコだぞって見栄張るならまだしも、わざわざ義理チョコだぞって嘘をつく必要ないだろ」
「確かにそうだけどさぁ」
特に隠すことでもないので正直に俺は答えるが涼はどこか納得のいかない表情である。
本当にこいつはなんなんだ?
「まぁ、だとしてもチョコ貰えるだけで普通に羨ましいから。今晩、お前が食べる料理が塩と砂糖を間違えたものになる呪いでもかけておくわ」
「微妙に嫌なタイプの呪いやめろ」
結局、今日はひよりがやって来ることはなく、涼とそんな会話をしていると休み時間が終わるのだった。にしても、本当にひよりはどうしたんのだろうか? 朝もいつもなら俺の家の前で待機してるのにいなかったし。
*
「...こんばんは」
結局、朝や休み時間どころか下校時間になってもひよりが姿を現わすことはなく、少し寂しい気持ちで1人で帰ってからしばらくした後、家のインターホンが鳴ったので出るとそこにはなにやら紙袋を手にしたひよりが、真剣な表情をして立っていた。
まだ2月で寒いというのに手袋もマフラーもなにもしていないからか、鼻が少し赤くなっている。大丈夫だろうか?
「こんばんは、というか今日はどうし——」
「とりあえず、中に早く入れて欲しい」
「お、おう」
俺は何故、今日は来なかったのかと尋ねようとするがひよりの勢いに気圧され、そう答えるのだった。
*
「それで本当に今日はどうしたんだ? 朝も早く学校に行ったみたいだし、休み時間も来ないし、帰りも1人で帰っちゃうし。お前にしては珍しい...というか高校生になってこんなこと初めてな気がするんだが」
「...翔太は今日が何の日か知ってる?」
俺の部屋にあがったひよりに軽い毛布とお茶を渡しながら、俺がそう尋ねるとひよりは突然そんなことを聞いてきた。なんかデジャブだな。
「なにって...バレンタインだろ?」
「正解は日本で初めて予防接種が始まった日」
「なんだ、そりゃ」
箱根駅伝だったり予防接種だったり、今日だけで2月14日についてのあまり役に立たない雑学が増えた気がするな。
「まぁ、それは冗談で翔太の言うようにバレンタインなんだけど」
「さっきのくだり必要あったか?」
俺は、コホンと軽く咳をつくとそう口にするひよりにツッコミをいれる。
「と、とにかく、そんなわけでこれ、はい」
「あ、ありがとう」
すると、ひよりはなにかを誤魔化すように矢継ぎ早にそう言うと、先程から手にずっと抱えていた紙袋をやや手荒に俺に手渡してくる。
俺はそんなひよりの行動に少し戸惑いつつも感謝を口にする。
「これって、この場で中身見てもいいのか?」
「...いつも通り好きにすればいい」
俺が貰った紙袋を手にそう尋ねるとひよりは何故かそっぽを向きながらそう呟いた。
「いやー、毎年わざわざありがと——って、これもしかして手作りか?」
「うぅ」
俺がひよりに向けてそんなことを言いながら紙袋からチョコを取り出すと、明らかに商品ではない透明な袋に入れられた、手作り感満載のハート型の大きなチョコが現れた。しかし、ひよりから返事は返って来なかった。
「違うのか?」
「...て、手作りであってる」
俺がもう一度そう尋ねると今度はひよりはそう答えてくれた。まぁ、見るからにそうなのは分かっていたが実際口にされると驚きが強いな。
「でも、なんで突然手作りなんだ? 去年まではスーパーのだっただろ?」
「それは...前まではそんなのを渡して今までの関係を壊すのが怖かったから...でも、最近翔太が積極的に来てくれるし、私も勇気を出すべきだと判断した...ただ、それだけ。嫌だった?」
「全然、嫌じゃないし嬉しいけど...」
ただ、ひよりの言う俺が積極的とか勇気を出すとかの部分がよく分からず、俺は答えるのに少し詰まってしまう。
「...初めて手作りチョコ作るってなったからここ最近の土日は練習してた」
「あぁ、だから最近はあんまり来ることなかったのか。ずっと不思議には思ってたけど」
すると、ひよりが少し照れくさそうに頰をかきながらそんなことを口にしたので、俺はそっちの話題に乗っかることにした。
「それでなんだけど...」
「うん」
ひよりが少し躊躇うような仕草を見せつつも、まだ続けてなにか言おうする。一体、どうしたのだろうか?
「その、今食べて欲しいなぁ...なんて」
「えっ、あっ、チョコを?」
すると、何故か頰を赤らめたひよりから予想外だにしていなかった言葉が飛び出し、俺は若干戸惑ってしまう。
「ちょっと、貰う」
「へっ?」
そして、今度は何故かひよりの手作りチョコをひよりが俺の手から取って袋からチョコを出し始めたので、俺は訳が分からず困惑する。
「はい、アーン」
「えっ? ひより、急にどうした?」
「アーン」
「あ、アーン?」
手作りチョコを手に持ったひよりが俺の口に近づけたかと思えば、そんなことを言うので俺は思わず尋ねるが、真っ赤な顔をした謎のひよりの圧に負け口を開けた。
その瞬間、チョコの甘く優しい風味が口一杯に広がった。う、うまい。
「どう? おいしいでしょ?」
「っっ」
そして俺が視線を目の前に向けると、そこには俺の表情を見てか心底幸せそうな表情を浮かべながらニヤリと笑うひよりがいるのだった。
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次回「お返しをショボくしてみた(ホワイトデー)」
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