第3話 亭主関白感を出していこうと思う
「翔太、翔太のお母さんに頼まれて作ってきたお弁当持ってきた」
「おー、ありがとう。けど、もうちょっとボリューム調整出来ない? ほら、視線集めすぎちゃってるから」
ある日の昼放課、いつものように俺のいる教室へと姿を現したひよりだったが、今日はその手には2つのお弁当箱があった。実は昨日お袋は仕事の関係で家に帰ってこれなくなってしまった。それで弁当をどうしたものかと考えていた所、どうやらお袋から連絡を受けていたらしいひよりが作って持ってきてくれることになっていたのだ。
まぁ、朝どうせ会うんだから渡してくれれば良くないか? とは思ったがひよりに「私が作ってきたお弁当感を出したいから、昼放課に私が持っていく」と言われたのでひよりがそう言うならと素直に従い今に至るというわけだ。
問題があるとすればいささか視線を集めすぎているということだろうか。...まぁ、そもそもひよりが来ると視線を集めるのは常なのだが、ひよりの「作ってきた弁当」発言により絶賛いつもの倍以上の視線の圧を感じていた。
「翔太っー、頼まれてっー私が作ったっーお弁当をー、持ってきたよっーー!!」
「違う。大きくしてじゃなくて小さくしてくれってて意味だ」
すると俺の言葉を受けたひよりがなにを勘違いしたのか、教室のドアの前で両手を腰に当てて少し恥ずかしい(大勢の前で大きな声を出すのが)のかプルプルと震えながらも、必死の形相でこの階一体に響き渡るかのような音量でそんなことを叫んだ。
「............。し、知ってた。ジョーク、ジョーク、インディジョーク」
そして俺の指摘を受けたひよりは分かりやすく顔を赤らめた
いや、無理があるだろ。それとインディジョークってなんだ。インディジョーズっぽく言うな! とは思ったものの最早若干涙目になってドアの前でうずくまってしまったひよりに、更に追い討ちをかけるほど鬼畜ではない俺は咄嗟に出そうにはなったもののなんとか踏みとどまるのだった。あ、危ない。脊髄反射って本当に恐ろしい。
*
「いやー、本当にありがとな。...まぁ、とりあえず落ち着こう? みんなあんなのスグ忘れるから、な? 俺なんか覚えるの苦手で多分2日もしたら忘れてだろうし」
「...死にたい」
「大丈夫っ、本当に大丈夫だから。気にするな」
というわけで昼放課を迎えた俺は目の前に座る落ち込みドンヨリひよりをなんとか励まそうとしていた。
「ほら、人の噂も75日って言うだろ? 案外、みんなすぐ忘れるって」
「...75日は割と長い。死にたい」
「そ、そんなに落ち込むなって」
だがかなりショックは大きかったのかひよりは中々立ち直らない。どうしたものか。
「そーそー、あんなの全然気にしなくていいよ。確か桐谷ちゃんだよね? 俺、長谷部
俺がそんなことを考え黙りこくっていると、後ろからそんな声が聞こえてきた。俺が声のした方を振り返ると男子のクラスメイトが立っていた。
ま、マジか。今までひよりと昼ご飯食べてて一度も乱入されたことはなかったのだが、まさかこの展開で来るのか。どんだけ勇者なんだよ、長谷部くん。むしろ落ち込んでるこのタイミングだからか? どうなんだろうか。
「悪いけど——」
「...私の翔太との昼ご飯を邪魔するってこと?」
「ひっ!?」
どちらにせよ、今のひよりでは対処出来ないだろうと俺が断りを入れようとした所、ドンヨリとそれは深く落ち込んでいたはずよひよりが凄い形相で、
「ご、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。邪魔したならゴメン。野上も邪魔して悪かったな。じゃ、じゃあ」
そして、それを受けた長谷部くん(レベル30)はそう言い残すと逃げるようにその場を去っていってしまうのだった。
「ふー。じゃあ、昼ご飯食べよう」
「お、おう」
ま、まぁ、どうやらひよりは立ち直ったみたいだしもしかすると長谷部くんは英雄だったのかもしれない。結果的にだけど。
「じゃあ、開けさせて貰うな。いいか?」
「...どうぞ」
俺が弁当箱の蓋の上に手を置きひよりに確認をとるも、ひよりは少し緊張しているような表情でジーッと俺をガン見しながら頷いた。
「どれどれ、おー! 凄い美味そうだっ」
「と、当然」
そこで俺が蓋を取ると赤、緑、白、黒、黄、茶色と色とりどりに飾られた色彩豊かで見るからにおいしそうな具材達がそこにはあった。
「じゃあ、早速食べさせて貰っていいかな? というか、お前は開けて食べなくていいのか?」
「...私はまだお腹すいてないから翔太先に食べてて」
ふと思い立った俺がそう尋ねるとひよりからそんな答えが返ってきた。
「じゃあ、まずはこの卵焼きから頂くな」
「...ど、ど、どうぞ?」
それならと俺は様々な具材達が弁当箱で主張をしてくる中、その中で一際大きく主張してきた卵焼きを箸で掴むと一気に口へと運んだ。
「う、美味い」
その瞬間に口の中に突如として広がったほどよい甘さと極上の食感に俺は思わずそんな言葉を漏らした。
「そう...かな?」
すると、ひよりは安心したように少しホッと息をついた後に口元をニヤニヤと次第に緩めていく。
「あぁ」
だが、俺のセリフはこれだけでは終わらない。...何故なら、ひよりがお弁当を作って持ってきてくれると話を聞いた段階からひよりに嫌われる作戦を思いついていたからだ。
そして、その作戦というのは...亭主関白を演じるというものだ。
今の時代、昔ながらの男は仕事女は家事育児という古臭い考えの人間は全体的に嫌われる傾向にある。つまり、俺が亭主関白気質なところがあると知れば自然と近寄るのを避けたくなるのではないかと考えたのだ。
そして肝心のその作戦で結局なにをするのかということだが...まず料理を貶すのは絶っっつ対にNGだ。
確かに亭主関白の人は「お前は女のくせしてまともな飯も作れんのか!」と言っているイメージがあるが(どどど偏見)、俺の目的はひよりに嫌われることであってひよりを傷つけることではない。よってNG。
では、どうするのか? 答えはシンプル。
「本当に美味しいよ、毎日食べたいくらいだ」
「ほ、本当?」
ひたすらに毎日食べたいなアピールをすることである。こうすることによって間接的に「昼飯をお前が作れよ」と伝えることになり、「もしかしてこの人亭主関白気質なのでは?」と不信感を抱かせることが出来るのだ...多分。試したことないから分からないけどまぁ合ってるはず。
「あー、こんな昼飯を毎日作ってくれる人が結婚してくれないかな。マジで美味しいもん」
「へっ?」
それでも万が一意図が伝わらなかった場合も考えて、念には念を入れ俺は更にそう呟いた。すると、ひよりは心底驚いたように目を丸く固まった。
「そ、それ、間接的に...」
そして、しばらくの硬直の後に顔を真っ赤にして口をモゴモゴさせながらそんな事を言った。最後の方はゴニョゴニョ過ぎて聞き取れなかったが、恐らく亭主関白やそれに近しい言葉が入っているのだろう。
ま少し懸念点があるとすれば何故顔を真っ赤にして全身を震わせているのか、ということだ。まぁ、流れ的に亭主関白系のことを言ってるのは確定だろうし大丈夫だろう。
これは上手くいった! 完全に上手くいった。
「うん、お前の考えてる通りだよ。じゃあ、他のも頂くな」
「へっ、あっ、う、うん。いっぱい、食べてね?」
そして完璧に作戦を遂行できたことに満足した俺は至福の昼ご飯を頬張るのだった。うん、本当にこれ美味しいな。
尚、次の日から俺の弁当はひよりが作ってきてくれることになりましたのさ。
なぜ!? 一体どうしてこうなった!? しかも、全然嫌われてる素ぶりもないし。
「ネクタイ曲がってる。直すから動かないで」
「わ、分かった」
「......。これでよしっと。しっかりして。こんなんじゃ結婚式の時困る。お父さんが心配しちゃうから普段から気をつけて」
「えっ、なにが!? 本当にどうゆうこと!?」
むしろ、距離感が前より近くなってしまったような気さえするのは気のせいだろうか?
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次回「オラついてみた」
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