第10話
柊修斗の恋人が死んだ。
それは、帳も知っていた。
修斗は帳の前であまり悲しみの仕草を見せなかったし、それが彼なりの折り合いなのだろうと帳は思っていた。
長い付き合いの、男同士の距離感というものだった。
雪の中を這いずって進む。
肋にひびが入っているようで、その僅かな振動で激痛が走った。
何故、親友は、こんな事をしたのか。
当たりは付いていた――長い付き合いであったから。
コンパクトを研究する傍ら、帳と共に、修斗は『願い花』の研究をしていた。
かつて、修斗は、帳に言っていた。
『願い花』の生育に大きく影響するのは、その種子――核になる遺体――であると。
冬の日の曇天が、空の塵を核にして六花の雪結晶を結ぶように、人の欲望が、願いが、祈りが、依代になる遺体を中心に花を結ぶ。
その遺体が、例えば、英雄や聖人のようなものであれば。
深い信仰を中心に『願い花』が開いたなら、それはどんな奇跡も操るような手のつけられない存在になるかも知れない。
激痛の中、視界が開け、帳はようやく舗装された道路に転げ落ちた。
仰向けに寝転がる。
ろくに街灯もない山中の道路であったが、青白い月明かりは十分に夜道を照らしている。
帳は、痛みも忘れて、空から無数に降る雪を見ていた。
分かる。
今なら、痛いほどよく分かる。
何もかも敵に回しても叶えたい願いというものが。
修斗は、親友を裏切ってでもそれを成すつもりだ。
柊修斗は、青波千冬の死体を種子に『願い花』を作るつもりだ。
修斗のその理論が正しいのなら、魔装の少女を核にした花ならば、どんな奇跡も叶うかもしれない。
帳は、上着の内ポケットを探った。
そこには、ひび割れ、その機能の大半を失った『
雪は降り続いて、死体みたいに転がった帳の上に薄く積もっていく。
千冬が最後に見た景色と、おそらく今自分は、同じ物を見ている。
月明かりを、曇天が覆った。
孤独と、暗闇だった。
雪が降っている。
自問する。
自分は、彼を許せるか?
答えは問うまでもなかった。
駄目だ。
許さない。
そんな理不尽は、誰にも許されない。
失われたものは二度と戻らない、それが世界の在り方だ。
視界が濁る。
意識が、黒い黒い闇の中に落ちていく。
ひらひらと舞う純白の結晶が、少しずつ遠のく。
「殺してやる」
誰にともなくそう呟いて、帳は意識を手放した。
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