第7話

灯火の膂力で投げられた鉄の板は、直撃したなら戦車すら両断する。

魔法で編まれた物質の耐久性は、実在の物質を遥かに凌駕している。

魔法金属より硬い物質はこの世には存在しない。

横に滑るギロチンのようなものだった。

それを灯火は、躊躇いなく生身の人間に投擲したのだった。

人に避けられる速度ではない。

確実に仕留めるつもりで投げた。

しかし、盾は空を切った。

正確に言うなら、当たる寸前、男の体が解けるように植物の束に変わり弾けてしまったのだ。

「ちっ」

灯火は盾に繋がった鎖を引くと、そこを支店に盾は勢いを保ったままぐるりと旋回する。

ギロチンの刃と化した金属盾は、そのまま迫り来る巨大な怪物の触手を切断した。

切断面から少しずつ灰化する身体を悶えさせながら、怪物が悲鳴を上げる。

しかし、

「流石に強いね」

背後に、また、男が立っていた。

よく見れば、側溝から伸びた蔦が人型を形成していて、それが男を形作って話しているのだ。

「目的は?」

「言ったろう、そのコンパクトだ」

「選ばれた人間以外が持っても、持ち腐れですよ」

「そうでもないさ」

瞬間、悶えていた怪物が解け、無数の植物の束になった。

それは緑色の濁流になって灯火を襲い、のたうつ蛇の濁流であるかのように一瞬で身体に絡み付いた。

「ぐ…」

灯火がそれを振り払おうとした瞬間、近づいていた男が胸のコンパクトに触れていた。

「!」

「貰った…」


瞬間、咆哮が響いた。

灯火と男は、その余りの声にお互いから目線を切り、一瞬だけ同じ方向を見た。

その時には、声の主は信じられないようなスピードで男に飛びかかっていた。

魔装外殻『黒鉄くろがね』。

あの黒い鎧だった。


『黒鉄』の拳は空を切った。

男はの体は解け、バラバラな植物になって、また別の場所から別の体が生えてくる。

「またお前か……いい加減にしつこい奴だな」

そんな男の言葉に、黒い鎧は答えない。

その漆黒の鎧の奥では、確かに憎悪が燃えていた。

瞬間、解けた男の体の残骸が、漆黒の鎧に絡みついて

不意に、男の腕が伸びた。

それは今までのようなしなる植物の鞭ではなく、先端を尖らせた樹木の杭のような形状をしていた。

黒鉄黒鉄』は右足と左腕を植物に拘束されていたが、体を捻ってその突きを最小限の動きで交わした。

恐ろしい速度の刺突がは『黒鉄』の目元を掠めて通り過ぎる。

完全には躱しきれなかったのか、『黒鉄』の体が軽く後方に揺らいだ。

『黒鉄』は、ダメージを意に介さず身体に巻き付く蔦を引きちぎって男を見た。

目元のゴーグルに当たる部分にひびが入り、生身の瞳が露出している。

哀しみと怒りを帯びた瞳。

夕暮れ空みたいな悲しい色。


「……帳さん……?」

それを見た灯火が、声を漏らす。

青波帳。

灯火を走馬灯のような記憶が襲う。

優しい笑み、柔らかな声、物静かな立ち振る舞い。

それは、間違いなく、3年ぶりに会う、千冬の兄だった。

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