第6話
攻守が入れ替わった。
飛びかかって距離を詰めた灯火は、一瞬で頭部の花弁を握り潰すように掴んだ。
アイアンクローのような形だが、植物状の頭部は柔く、花びらは膂力の前に一瞬で歪み潰れてしまう。
その掴んだ頭から、炎が薄く伝播し、一瞬でその案山子を灰の山に変えた。
灯火の魔法は、正確に言えば炎を操る能力ではない。
対象物を灰に変える魔法である。
それが、視覚を持って伝わる際に熱を伴い、炎のイメージが可視化されているから燃えているように見えるのだ。
僅かな床の焦げと灰を残し、他には何も残らなかった。
戦闘が終わっても、灯火は変身を解かない。
周囲を警戒しているからだ。
自分は設置型の罠にかかった。
罠を仕掛けた相手は、それに気付いているはずだ。
魔力の波は、感知できる者なら容易く感知できる。
だから、魔法を使える人間でも日常において魔法は必要最低限の使用しかしない。
他の手段があるのならそれを選ぶべきで、魔法を使って空き家に入った灯火の行動は迂闊なものであった。
灯火は急いで部屋を出る。
廊下が、階段が、リビングが、玄関が、一瞬にして太い蔦に覆われてジャングルのようになっていた。
振り向くと、部屋の窓にも蔦が這っている。
灯火ごと飲み込むように、巨大な植物が家を侵食していた。
どこかの柱がメキメキと音を立てた。
崩れる。
逃げられない。
まともには、だ。
灯火は壁に手を付くと、そこを中心に壁面が炭に火を入れたように灰になっていく。
熱が伝導するように、一瞬の内に壁には直径2メートル程の穴が空いていた。
しかし、それを塞ぐように上から蔦が覆い隠している。
灯火は姿勢を低くし、構えた。
短距離走の走者のような構え。
コンパクトから引き出された魔力が、その正面を覆うように金属を形作る。
魔装円盾。
鎖のついた円形の盾だった。
直径2メートル、しゃがんだ灯火の体を正面から丸々隠すに十分な大きさである。
灯火が握ったそれは瞬時に赤熱化し陽炎を揺らめかせた。
触れるもの全てを灰にするそれは、設置している床をジリジリと炭化させていく。
一呼吸置いて、灯火が飛んだ。
跳躍の勢いに、踏み締めた床板が折れて弾ける。
弾丸と化した身体は、接触した蔦を灰にしながら家を突き抜けた。
間をおかずに、家がメシメシと音を立てて崩れていく。
空中で振り返ると、家は完全に崩れ潰れて巨大な蔦に飲み込まれていった。
灯火は道路に着地し、その気配に気付いた。
そこに、男が立っていた。
歳の頃は20〜22歳くらいだろうか。
どこにでもいる大学生のように見えた。
デニムのズボンに厚手のぼってりとしたパーカーを着ている。
パーカーの帽子を目深に被っており、その相貌の細かな所までは伺えない。
男は、轟音を立てて崩れる空き家を一瞥もせず、じっと灯火だけを見ていた。
「そのコンパクト…」
男が呟く。
優しげだが、重みのない声。
「貰う」
瞬間、家を飲み込んだ巨大な植物が瓦礫の中から這い出してきた。
デカい。
一軒家を一呑みにするような怪物が灯火を見下ろしていたが、灯火もまた、男から視線を切らなかった。
灯火は迫る怪物に目もくれず、男に向かって円盾を投擲した。
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