第5話

灯火は、千冬の家を訪ねていた。

3年ぶりの訪問である。

しかし、その白く小綺麗だった瀟洒な一軒家は、古ぼけて雑草に塗れ見る影もなかった。

『売家』。

駐車場に、そんな看板が出ていた。

灯火は、年頃の自慢の娘が突然失踪した家族のその後を想像し気分を悪くしたが、近所や不動産屋に話を聞いて回るとどうも事態は思ったよりも複雑そうだった。

「一昨年の暮れくらいまでは、あそこで暮らしてたんだけどね。ほら、娘さん、行方不明になっちゃったでしょ。千冬ちゃん。千冬ちゃん、近所でも人気者だったし、あそこのご家族も人当たりの良い人だったからさ。みんなで励ましたり捜索手伝ったりしてたよ。でも、去年の暮れから顔を見なくなって、警察も入ったと思うよ、でも結局、それ以降は分からないな、いつの間にか建物も売家になっちゃってたけど、集団失踪みたいになっちゃったから、気味悪いって買い手もつかなくてね……」

灯火は、簡単な魔法で鍵を回すと、こっそりと空き家になった親友の実家に忍び込んだ。

仄かな品の良いアロマと清掃の行き届いていた玄関は、今や経年で埃っぽく、どこか黴臭い。

それでも、同じ間取り、撤去されずに残った一部の家具は、3年前の記憶を嫌でも思い出させる。

「千冬ちゃん」

そう呟けば、ひょっこり顔を出してくれるのではないか。

しかし、廃屋はひっそりと静まり返り、家鳴りの他に音を立てるものはなかった。

懐かしさと、薄気味悪さ。

灯火はリビングを過ぎ、階段を上がり、親友の部屋の前で立ち止まった。

何故だか心臓が迅る。

何度も来た、彼女が出迎えてくれた温かな部屋。

ガチャリ、とノブを回す。

当然ではあるが、部屋の中は他と同じくがらんとして何もなかった。

シンと冷えた黴臭い空気だけが残されて、開いたドアから少しずつ逃げていく。

そんな空気が少し揺らいだのを、灯火は感じた。

ピリ、と空気が張り詰める。

振り向くと、身長2メートル程の、人の形をした何かが音も無く立っていた。

それは白いシャツを着て簡素なズボンを履いていたが、人と呼べるような代物ではなかった。

顔がない。

本来、顔があるはずの部分には赤い花弁が揺れている。

手足は蔦を束ねたものであり、その身体は太い一本の茎だった。

粗悪な案山子のようにも見えるそれは、一瞬で手足の蔦を伸ばし、生身の灯火の首を掴んだ。

「――っ!」

壁に打ち付けられ、気道を締め上げられて呼吸が細くなる。

現れた、のではない。

この家のどこかに〝種子〟が仕掛けられていて、灯火の魔力に反応して成長したのだ。

締め上げられている喉から、声が漏れる。

「ぐ……」

灯火はポケットを弄り、コンパクトに白金をはめ込んだ。

眩い閃光が部屋を包み、蔦を小さな炎で灰にして少女の身体を自由にした。


こいつらは――。

私を狙っているのだ。

灯火は、ようやくそう確信した。

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