第2話

閑静な住宅街の少し外れに、大きめの霊園があった。

その霊園の隅にある小さな墓に毎朝甘めのコーヒーを供えるのが、白石灯花の日課だった。

それはその墓の銘の人物への手向けの品ではあったが、その墓の中には誰も入ってはいない。

灯火の親友であった少女、もう一つのコンパクトの持ち主だった人間は、3年前の戦いの後に消息を絶ち、今もその見つかっていない。

青空のような少女だった。

名前は青波千冬。

『千冬ちゃん』、と、灯火は彼女をそう呼んでいた。

今も鮮明に、昨日のことのようにその晴れやかな空のような笑顔を思い出せる。

最強の魔装外套。

魔装外套『蒼玉サファイア』。

彼女は消えてしまった。

嘘のようだと今も思う。

千冬が最後に倒した『怪物』は、過去最強のものだった。

日本を縦断するように移動しながら災害の如く数万の死者を出し、灯火を一時戦闘不能に追いやった怪物を、千冬は1人で相手してみせた。

千冬はそのまま消息を絶ち、行方も知れなければ遺体も見つかっていない。

彼女の母や父や兄は、今も彼女を探しているのだろうか。

千冬が居なくなってから、灯火が千冬の家を訪ねたことはない。

彼女が日常に『不在』であることに直面するのは耐えがたい事だった。

中身のない墓石の前に立ち、簡素なお供物をしている今も、もしかしたらひょっこりと彼女が顔を出すのではないかとどこかで期待している。

そんなはずはない事は、灯火が一番分かっていた。

千冬が健在であったのなら、人に心配をかけたままどこかへ消えてしまったりはしないはずだ。

あの怪物の出現から三年近くの間、新たな怪物が現れる事はなかった。

灯火も3年間コンパクトを開く事はなく、少しずつ千冬のいない日常に慣れようとしていた。 

しかし、昨日、3年ぶりに現れた怪物は、繁華街の人間を虐殺にその遺体を養分に大量の花を咲かせていた。

開いた花から放たれる毒素は周囲の生命を鏖殺し、その死体を養分に新たな花を咲かせ生息範囲を拡大させていく。

灯火は3年ぶりに魔装外套を纏った。

3年前のように異形の花を焼き払い、怪物を沈めてみせた。

3年前と違い、今度は1人きりで。

何かが始まろうとしているのかもしれない―あるいは、何もかもが終わろうとしているのかも知れない。

空っぽの墓標を一瞥すると、灯火はポツリと呟いてそこを後にした。

「いってきます」

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