魔装外套プラチナ
私ちゃん
第1話
それは、異様な光景だった。
深夜の歓楽街、時刻は午前2時を少し過ぎたあたりである。
普段であれば、この時間でもまばらな賑わいを残しているこの界隈ではあったが、この日に限っては遠まきに響く悲鳴や怒声すらも溶けて消えるような静寂が街を包んでいた。
パチパチと、空気が爆ぜる音が静かに夜の空気に響いている。
炎である。
しめやかに燃える炎は、闇夜を煌々と照らしている。
しかし、この夜の異様はこの静かなる炎だけではなかった。
炎の中に目を凝らせば、コンクリートのビルや、アスファルトの道路、果ては信号機の鉄柱にまで不自然に真っ赤な曼珠沙華が根を張っている。
その鮮やかな花びらは、次第に炎と陽炎の中に揺らめいて灰になっていく。
赤い花と紅蓮の炎に包まれた街の中心に立つのは、1人の小柄な少女だった。
少女は、鮮やかな白と金があしらわれたドレスのような服の上から、それらに合わせるには無骨にも見える長くブカブカな外套を羽織り、業火の中で汗ひとつかかずに冷ややかに燃える花々を見下ろしていた。
胸には小さなコンパクト状の円形の装飾が輝いており、その中心には飴玉程の白金が埋め込まれている。
少女の名は白石灯火。
少女は四年前から、人の心が生み出す怪物と戦ってきた。
胸に輝くコンパクト―正確には、その中心に煌めく宝石―は彼女の力の源であり、そのドレスと外套を形成する選ばれた人間にしか使えない魔法具である
魔装外套『
それが少女のもう一つの名前だった。
少女が歩を進めると、道を譲るように炎が揺らめいて引いていく。
静かに爆ぜる炎は少女から発しているようであり、ならば、その中で悶える花々は対峙している存在から生じていると見るべきだろう。
灯火の視線の先には、十数メートルはあろうかと言う巨大な怪物が鎮座していた。
開いた大きな口には、集合体恐怖症であれば身震いするであろう有機構造が密集しており、その中から悲鳴とも嬌声とも、声とも音ともつかない何かが鳴っている。
植物のグロテスクな部分を煮詰めたような怪物は、目の前の小柄な少女を恐れているようだった。
不意に、怪物の蔦のような腕がしなって伸びた。
少女とそれの距離は数十メートルはあったが、それは一瞬で少女の四肢を捕縛し宙に締め上げる。
触手は万力のような力で華奢な身体を締め上げ、鉄塊すら歪む程の圧力に魔装外套が軋みを上げた。
大きな口が開き、少女を丸呑みにしようと拘束した身体を引き寄せる。
しかし、それでも、少女は表情を変えていなかった。
身体を大の字に拘束する蔦を一瞥すると、手慣れた作業であるかのように身体を軽くくねらせてそれを思い切り引き寄せた。
ピンと張っていたそれは急激な負荷に耐えきれず四肢を拘束していた内の3本が千切れ、左腕に残った一本は逆に数トンはあろう巨体を少女の側に引き寄せる結果になった。
巨大な質量が宙に浮く。
少女は左腕に巻き付いたそれを軽くもう一度手繰り寄せると、加速した怪物に右拳を叩き込んだ。
巨大な質量と過大な膂力の激突に、爆音と衝撃が答えた。
静かな炎の街に響いた衝撃が街中の窓ガラスを叩いて割った。
怪物からすれば針のような大きさの拳であったが、それを捩じ込まれた巨体は悲鳴を上げながら崩れ、一瞬の後燃え上がり、すぐに灰と化して風の流れに消えた。
何もかも夢であったかのように、街を包んでいた炎は霧散し、後には僅かな灰と、いつの間にか学校の黒い制服に戻った少女が1人残されているばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます