第26話 故郷(11/26の分)

 恐らく、良くも悪くも何かが起こるだろう。天沢からの連絡に不安と期待が渦巻き、香坂は寝付けずにいた。明日のためにとヒロコにアイマスクまでつけて貰ったのに、ネックピローに頭を預けて天井を向く香坂は寝ようとすればする程に目が冴えていく。

 天沢くんは、一体何を知っているのだろう。

 短い間で誰からも好かれ、誠実に仕事をする明るい若者の正体が判明するのが今から恐ろしくもある。同時に、生首姿の今の自分では怖がらせてしまわないだろうかと言う不安が湧き上がり、更に追い討ちをかけてくる。

 かつての上司が喋る生首になっているなど、気味が悪いに決まっている。こんな状況ですら、嫌われたらどうしようなどと考えてしまう自分が情けないが仕方がない。天沢とは、人にそう思わせる魅力のある男なのだ。

 寝付けずにいる香坂の耳に、控えめな足音が聞こえる。ヒロコが水でも飲みに来たのだろうか。不思議に思ってると、近づく足音が目の前で止まった。

「おじさん、起きてる?」

 ヒロコの呼びかけに、うん、と短く返す。

「なんか、寝れなくてさ。今日はこっちで眠ろうかなって。いい?」

 断れる雰囲気でもなく、ああ、とか、おおみたいな曖昧な音が口から出た。

 肯定と受け取ったのか、ヒロコが敷布団を床に投げ、寝そべり毛布を被る気配がする。

「おじさんって、ずっとこっちに住んでるの?」

「いや……、大学に入るときにこっちに出てきて、そのまま卒業して会社員になったよ」

「じゃあ、あんまり帰ってない感じ?」

 言われてみて、そうだなと思い返す。あんなに結婚を喜んでくれた両親の期待を裏切ってしまった。そのまま負目で、離婚してから仕事が忙しいと何かと理由をつけて帰らずにいた。

 そうか、その言い訳も通用しなくなるのか。年貢の納め時、と頭に浮かぶ。だが妻に連絡をしてからなら故郷に帰るのもいいかも知れないと今では思えた。

「私はさ、ちょっと帰りづらくなっちゃったんだよね。こっちでの一人暮らしの方が、楽でさ……」

 彼女の言葉はほんの少し寂しそうに聞こえ、香坂まで切なくなってしまう。

「事情はわからないけどさ、親は大事にしたほうがいいよ?」

 なんと返すのが正解か分からず、言ってから説教臭くなってしまったかと後悔した。ヒロコからは、そうだね、と一言返ってきただけだった。

 少ししてから、彼女の静かな寝息が聞こえてくる。それを耳にしているうちに、香坂もいつの間にか眠りについていた。

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