第15話 猫(11/15の分)

 ちょっと用事があると、ヒロコが出かけたのは午前中だっただろうか。香坂はネックピローを付けたままビーズクッションの上に置かれ、テレビを眺めていた。

 勤め人だった頃からは想像もつかない時間の使い方に、軽く驚いている。喉が乾けば首に掛けられた水筒があり、テレビの番組を変えたければ音声認識AIに呼びかければ自動で切り替えてくれる。ヒロコが電気も点けていってくれたので、暗闇に取り残される心配もない。

 あまりの手厚さに、まるで飼い猫にでもなった気分だと思うと同時に、自分が中年男性の生首である事実を思い出し少しだけダメージを受けた。

 「かつて脳だけで人間を生かせるかどうかの実験があったみたいだけど、酸素や栄養が十分に供給されていた所で、外部からの刺激が入ってこないとダメだったみたい」

 不意にヒロコの話していた言葉が頭に過ぎる。この数日間、刺激的でない日などなかったが、確かにヒロコにばかり情報集めを頼っていては申し訳がない。

 そう言えば、動画も見られると言っていたな。

 試しに、端末に向かって声をかけると即座に画面が切り替わる。

 自分にだって、ちょっと調べる事くらいできる筈だ。

 「ヘイ、生きた生首の動画を出してくれ」

 端末は律儀に香坂の言葉を繰り返し、関連動画の一覧を映し出す。そこには都市伝説や恐怖映像など、おどろどろしさ溢れるサムネイルが幾つも並んでいる。その中で気になったもののタイトルを、香坂はもう一度端末へと呼びかけた。


「ただいまー。楽しく留守番できた?」

 帰宅したヒロコがリビングに足を踏み入れた時、テレビの画面は消えていた。眠ってしまったのかとそっと近づきクッションを覗き込めば、気落ちした様子でクッションに埋もれる香坂の顔が見える。

「なんだ、起きてるじゃん」

「ああ。お帰り、ヒロコくん……」

「どうしたの? 元気なくなってるけど」

 不思議に思ってテレビを点けると、すぐにその理由はわかった。かつて海外で死刑囚の斬首後に行われた、医師による人体実験結果の都市伝説をまとめた動画が中断されていた。

「相手は罪人とは言え、恐ろしいな。首を斬られても尚、意識が続いているなんて。しかも、それを実験と称して観察しているなんて……」

 医師と事前に取り決めをし、名前を呼ばれたら瞬きをしろと言われた死刑囚は、実際に生首になった後で数回瞬きをしたらしい。ギロチンで切断されて生きているのも恐ろしいが、それ以上に淡々と実験をする医師の方が香坂は恐ろしい。首から離れた途端、人間ではなく単なる実験の対象物へと成り下がってしまうのだから。

 もしもヒロコに拾われていなかったらと思うと、自分も実験動物のように扱われていた可能性があったことに落ち込まざるを得なかった。

「俺がもっと、猫みたいに可愛ければ君だって過ごしやすかっただろうに……」

「何言ってんの。おじさんは居るだけで貴重な、生きてる生首なんだから自信持ってよ」

 妙な慰めをしつつ頭を撫でるヒロコの手の優しさに、今だけは甘えさせて貰う香坂だった。

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