第10話 来る(11/10の分)
ピンポーン、と部屋の中に間延びしたチャイムの音が響く。はあい、とヒロコは本を置いて立ちあがろうとするも、何かに気づいたように座り直す。
「おじさん、今日人が来るって私、言ったっけ?」
言葉の意味がわからず香坂が何も言えないままでいると、ヒロコは申し訳なさそうに手を合わせる。
「ごめん、霊感のある知り合いにおじさんのこと見て貰いたくてさ。ちょっとだけだから、ね?」
後でお詫びはするから。そう言い残し、ヒロコは玄関に向かってしまう。
「ま、待ってくれヒロコくん!! 人が来る!? この状態の俺を見に!?」
見世物になるなんて、たまったもんじゃない。慌てて引き留めようとするも、悲しいかな香坂は文字通り手も足も出ない。
無情にも玄関の扉は開けられ、ヒロコと男性の親しげな会話が近付いてくる。
このまま俺の噂がどんどん広がり、オカルト記事のライターに捕まったりニュースで生首おじさんとして取り扱われ、実験施設に連れてかれて過酷な非人道的実験をされるのだろうか。
走馬灯の如く駆け巡るやけにリアルな妄想の未来は、客人の登場で吹き飛んだ。
つるりと綺麗に剃られた頭に、鋭い目元には険しい中にも凛としたものが見える。何より、黒衣に袈裟を纏ったその姿は僧侶に間違いなかった。
「こちら、同好会の先輩経由で知り合ったお坊さんの千鷲(センシュウ)さん。それで、こちらが生首の香坂さん」
ヒロコの紹介により、顔を向けた彼と目が合う。彼はぎょっとしたように大きく目を見開くも、一つ咳払いをし手を合わせて深々とお辞儀するので、香坂もつられて軽くお辞儀を返す。
「ヒロコくん、君って何の同好会に入ってるの?」
「もちろん、オカルト同好会だけど? 民俗学専攻だから、良い勉強にもなるし」
なるほど、喋る生首に対する興味も知識も豊富な訳である。普通に会話する香坂とヒロコに驚愕している千鷲だったが、気を取り直して香坂の前に来る。テーブルの上の香坂へと、千鷲は腰を屈めて視線を合わせる。彼の強い眼差しに圧倒されるも、それから逃れる術は今の香坂にはなかった。
「少々触らせて頂いてもよろしいですか?」
千鷲からの問いかけにびくりと反応するも、どうぞ、となんとか返す。大きく骨ばった手が、香坂の顎や首に添えられる。まるで鑑定されているようで面映いが、あまりに千鷲が真剣な顔をしているので香坂もじっと堪える。
しばらくの間、そうしていただろうか。失礼しました、と千鷲の手から解放された時には香坂は意味もなく疲れ切っていた。
「どう? 何か感じますか?」
ヒロコは用意したお茶を香坂の向かい側に座る千鷲へ出し、そのまま隣に腰掛ける。
「いや、少なくとも悪霊や幽霊じゃなさそうだ。実体がある」
「よかったぁ。世間に恨みを晴らすべくこの世に残ってるとかだったら、お祓いやご供養して貰わなきゃならなかったもの」
「あのねぇ、初めから言ってるだろう? どうしてこうなったのか俺にもわからないって!!」
ヒロコの中では、少なからず将門公の生首と同じ可能性も想定していたようだ。やや腹を立てる香坂だったが、そこで我に返る。
「悪霊でも幽霊でもないなら、こうして喋ってる俺って何なんだ?」
その答えは、ヒロコからも千鷲からも返ってこなかった。
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