第11話 坂道(11/11の分)
とりあえず、香坂が悪いものではないとわかった所でヒロコがお茶を用意して来るというので千鷲が香坂の対面に座る。しげしげと鋭い目に見つめられ、思わず緊張してしまう。
「香坂さん。先程どうしてこうなったかわからないと仰いましたが、本当に心当たりはないんですか?」
千鷲のまっすぐな瞳に貫かれて生きた心地がしないが、そこは断言ができる。
「もちろんだとも。会社をクビになって、次の日起きたらこうなっていたんだ。寝ているところをヒロコくんに拾われてるから俺だって何が何だか……」
困り果てている様子の香坂に、嘘ではないのを感じたのか千鷲は失礼しました、と素直に非礼を詫びる。
「怨霊じゃなければ、呪いとか魔法はどうです?」
「藤野、俺は何でも屋じゃないんだぞ? 専門外だし、そういうのはテンシにでも聞け」
千鷲と自分の前に茶を、香坂の前には蓋を開けたストローの飲み口の水筒を置いてヒロコは千鷲の隣に座る。
「聞きたいんですけど、ここの所音信不通なんですよ。千鷲さん、知りません?」
「俺が知るわけないだろ? そもそもアイツが姿を消すのなんて良くあることだ」
共通の知り合いの話をしているのだろう。それよりも、何故かテンシ、という響きが香坂の中で引っ掛かる。
「あ、テンシっていうのは同好会の先輩の渾名で、本当は天に稚児の児でアマコさん。オカルト同好会の中でも誰よりも知識があって、生き字引というか魔道書みたいな人で」
妙な表情をしていた香坂に気付きヒロコが説明をするも、違和感は香坂の中で大きく膨れ上がっていく。小さな雪玉が緩やかな坂を転がり、周りの雪を取り込み大きくなっていくようだ。
テンシ、いや、きっと天使が引っ掛かるのだ。そう遠くない過去に、天使と関わっている。
「どうしたの、おじさん。急に黙り込んじゃって」
ヒロコの不思議そうな顔も目に入らない程、香坂は集中していた。
思い出せ、このもやもやの正体を。重みと体積を増した玉は、速度を上げて坂を降りていく。
そう、身近な場所で。あれは会社だったはずだ。人当たりの良い彼は、女性社員にも人気で、天使なんて呼ばれていて。なのに偶然通り掛かった俺にも声を掛けて……。
瞬間、気にぶつかって雪玉が勢いよく破裂した。
あの晩、どうして普段酒も飲めない自分が深酒になったのか。夢の中では見えなかった子犬のような甘い笑顔の若者の顔が、はっきりと浮かんだ。
「思い出したよ。俺が最後に会っていた相手……」
はっきりと浮かび上がった記憶に、香坂は戸惑うしかなかった。
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