第7話 まわる(11/7のお題)
「例えばさ、首が回らなくなった、とかどう?」
朝食を終えて食器を洗い、香坂の歯も磨きひと心地ついた所でヒロコが訪ねてくる。香坂が目線を上げて疲れないようにかは知らないが、ヒロコに乗せた腕の上に頭を置く形で突っ伏している。
距離の近さにどぎまぎしつつ、唐突な質問に香坂は戸惑う。
「借金はなかったけど……」
「じゃあ、やっぱりリストラに絶望したとかは?」
「そりゃ長く勤めた職場だったから解雇は辛かったけど、首を括る程じゃ」
不躾な質問だが、ヒロコの表情は真剣そのもので香坂を茶化している訳でもなさそうだ。
「首ったけだったお嫁さんが忘れられなくて、未練が募って首だけに、は?」
「そりゃ、あの人のことは好きだったけど別れたのはずっと前だし……」
そこまで来て、考え中の香坂の頭上に浮かんでいた回る輪が、ひらめきのエクスクラメーションマークに変わる。
「俺が生首になった理由を探ってるのか?」
「気づくの遅いよ、おじさーん」
勘弁してよ、とずっこけるように首を横に倒すヒロコに、香坂は照れ臭くてなって笑って誤魔化す。
「地縛霊とかだと、自分の死の理由を受け入れれば成仏するとかあるんだけどねぇ。そもそも、自殺だとすれば住んでた部屋に出るから望み薄ではあったけど」
冷静な反応を見る限り、不発であろうことは大方予想がついていたのだろう。何となく向かい合って質問攻めにされていると、事情聴取を受けているようで悪いことをしていないのに目を逸らしたくなってくる。
「昨日のおじさんの夢でさ、ネクタイ。なんで外したくなかったの?」
え、と思わず声が出る。
「夢ってさ、自分も知らない深層心理が現れたりするものだから。例えば、ネクタイなら会社への従属の首輪だったり、社会と自分を繋ぐ命綱だったり、色んな読み取り方もできるわけ」
確かに、妻と離婚してから会社に生活の全てを捧げてきた香坂にとって、解雇されることは何もかも失うことに等しかった。
「それからさ、吊るされた縄、とか」
ヒロコの言葉にゾワゾワとした感覚が頭に登ってくる。見えない手により引き上げられ、締め上げられる様はまるで……。
しかし、香坂はネックピローに固定されたまま首を横に振る。
「わからないけど、自ら命を絶った訳じゃないと思う。俺には、そんな度胸はないから」
「だよね」
へらりと笑うヒロコに、文句の一つも言えない自分が情けなくもある。
「大体、そんなダジャレみたいな理由で解決する訳ないだろう」
香坂の訴えに、ヒロコはにんまりと笑みを浮かべた。待ってましたとばかりに、立ち上がってローテーブルに積まれた書物を持って戻ってくる。
「あるんだなぁ、これが」
ヒロコがページをめくり、香坂へと見せつける。
「平将門公ってご存知?」
突如現れた歴史上の人物の名に、香坂の思考回路は追いつくのに必死で焼き切れんばかりだった。
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