第6話 夢(11/6のお題)
電気羊がアンドロイドの夢を見るならば、生首は何の夢を見るだろうね。
そんな問いかけの後で、おやすみとヒロコはリビングの電気を消して寝室へと向かった。
ネックピローにもたれる形で仰向けに寝かされた香坂は、リビングの暗い天井を見つめる。
その答えなら簡単だ。胴に繋がっていた頃の夢を見るだろう。昨日までは生首ではなかったのだから、それもそのはずである。
きっと今日はよく眠れるよ。なんせ、頭を使うことは、一番エネルギーを消耗するから。
ヒロコの言葉通り、手足を失ったせいで五感を頭に集中させ悩んだり緊張したりしていたせいか、少し前に寝たばかりというのにすぐに微睡の霧が脳に満ちていく。
ネックピローは言葉そのまま、転げ落ちない囲いとなり生首の枕にちょうど良い。
真剣に考えて選んでくれたんだなぁ。
楽しそうなヒロコを思い出す内に、うとうとと眠りに落ちていった。
見知った顔と会った。
全財産を詰め込んだ大荷物を傍に、誰かと飲んでいる自分がいる。社員寮を出た後、何も考えられないまま適当に入った居酒屋でだ。
声を掛けてきてくれた相手に、なんだか嬉しくなってしまって。調子に乗って飲めない酒を呑んで、それから……。
急に周りの景色が暗闇に染まる。思わずたじろぐ香坂には身体があり、スーツ姿のままだった。
不意に、ネクタイが引っ張られる。目の前に見えない手でもあるかのように、ピンと張ったそれが香坂の首を締め付ける。
咄嗟に逃れようとしても、強い力は指を入れる隙間すら作らせない。
肉に食い込むネクタイは、どんどんと軌道を狭める。苦しいのに、このネクタイだけは外してはいけないと、香坂は必死に指を入れる隙間を探す。
ぶつり。嫌な音と同時に、苦しさから解放される。
そのまま放り出された香坂の視界には、主を失ったネクタイと、力無く倒れ込んだ自分の胴体が見えた。
ハッと目を開ければ、まだ一日が始まる前の薄暗さがカーテンの隙間から差し込んでいる。
嫌な夢だった。心臓もないのに鼓動だけが早まっている。絞められた首の感覚はやけにリアルで、手で触ろうとした所で自分が生首だったことに思い至る。
「それで、一緒にいた相手って誰だったの?」
香坂と向かい合って朝食のトーストを齧るヒロコの胆力に驚きつつ、元は彼女の食卓に間借りさせて貰ってるのだと自分を納得させる。
「いや、知り合いのはずなんだけど、はっきりとは思い出せない。ただ、生首になる前に最後に会ったのがその人だっていうことは確実なんだ」
名前でも見れば思い出せるかもという淡い期待も、名刺入れは愚かスマートフォンさえ失った香坂には無意味だった。
「で、その人に生首にされたかも、と?」
「そこまでは分からないけれど……。ただ、何か知ってる気がするんだ……」
相手が誰かもわからないので何のヒントにもなりはしないが、一つもないよりはマシだろう。
「おじさんって、どうして自分が生首になったんだと思う?」
目玉焼きの皿に添えたウィンナーを、ヒロコは音を立てて齧る。香ばしさが香坂の鼻先をくすぐる。
目覚めたらこうなっていたのだから、理由なんて思い当たる訳がない。困惑する香坂の答えを待たずに、咀嚼を終えたヒロコは続ける。
「例えば、他殺からの怨恨、自殺からの未練、事故による喪失。神への供物や、人体実験の生贄なんて線まである訳よ」
剣呑な言葉の羅列に、香坂は思わずくらくらする。あまりにも、自分が生きてきた世界とは程遠い。
「幸いなことに、事例には事欠かないからさ。その知り合いも含めて、手掛かりを探していけば良いんじゃないかなって思う」
あくまで冷静なヒロコに頼もしさを感じるつつも、うず高く積まれた書物の山が首塚にも見えてきて、香坂は水筒に入れて貰ったアイスコーヒーをちびりと飲んだ。
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