第5話 旅(11/5のお題)
リビングに運び込まれた大荷物の中身を、香坂に見せびらかすようにヒロコはフローリングに広げ始める。
ネックピロー、アイマスク、歯磨きセット、シャンプー、洗顔料、保湿剤、ボトル型水筒などなど。まるで旅支度のようなラインナップに、香坂は思わず縋るような目をヒロコに向けてしまう。
「そんな顔しないでよ〜、全部おじさんに買ってきたんだって」
「お、俺に?」
予想もしなかった答えに戸惑う香坂に、早速ヒロコはネックピローを装着する。首で立つ時よりも支えが生まれた安心感と、頭を預けられるクッションが思いの外快適で驚いてしまう。
「万が一、後ろに倒れて頭打ったりしたら大変だからね。水筒も、ほら」
ヒロコが蓋を開ければ、ストロー式の飲み口が現れる。なるほど、これならば溢す心配も大幅に減るというものだ。
ヒロコの気遣いに感謝しつつも、まるで赤ん坊扱いされているようだと恥ずかしさを覚える。それでも哺乳瓶を買われなかっただけ有難いと思い、口には出さないでおく。
よくよく見ると、歯磨きも口臭ケア用、シャンプーや洗顔料も男性用を選んでおり、本当に香坂のためだけに買ってきたのだろう。
「『首が座る』なんて言うけどさ、おじさんの場合はずっと立ってる状態だから疲れるでしょ? 支えも合った方が、物理的にも心理的にも安心だし」
「悪いね、ヒロコくん。こんなに色々と用意してもらって」
「いいよ。生首としばらく一緒に暮らすなんて、そんな貴重な体験に比べれば安いもんだし。シャンプーも洗顔料も、私のお気にをおじさんに使うのもったいないから」
言われてみると、中年男性である自分の髪から、華やかな香りが終始漂っているのはそわそわする所はあった。お洒落の必要もない生首おじさんの洗髪に使われるのでは、シャンプーも浮かばれないだろう。
「そういえば、調べ物はどうだった? 大学に行ってきたんだろう?」
早速ネックピローにもたれ掛かり楽な体勢を取る香坂に、ヒロコはまたも得意げな表情で膨らんだ手提げバッグから何かを取り出す。
香坂の隣に積まれたそれは、何冊もの厚い書物だった。伝記から神話、都市伝説に至るまでジャンルは様々である。
「生首に関する記述って、思った以上に多いんだよね。生首になった経緯も、特徴もそれぞれに違ってて」
おじさんは特殊っぽいけど、と挟んでからヒロコは続ける。
「その中に、一つくらいはおじさんの理由と近いものもあるんじゃないかと思ったの」
「ヒロコくん、結構楽しんでたりする?」
自分が助けられている立場でありつつ、香坂は聞かずにはいられなかった。
「もちろん、急に生首になったおじさんのことは気の毒だと思うよ? でも、正直こんな機会に正気でいられるオカルト好きはいないから」
あまりにもキッパリとした物言いに、そう言うものなのかと香坂も納得してしまう。
最近の若者の考えることは分からない。歳を取るとそんな言葉が出てくるようになるが、きっと年齢性別問わず、他人の趣味嗜好なんて自分の物差しで測るべきではないのだ。
「おじさんだって安全に暮らせて元に戻る方法も探せる、私は喋る生首の生態をじっくり観察できる。ウィンウィンじゃん」
だから、おじさんも私に気負わず気楽にしててよ。そう言ってにっと笑うヒロコは旅行の前日のように楽しそうで、香坂の中にあった申し訳ない気持ちは少しだけ軽くなった。
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