第13話篠塚さん、様子を見に行ってあげて

無断欠勤から一週間ほど経っても宇野介護士は出てこなかった。錦織から

「篠塚さん、一回宇野さんのところに様子を見にいってあげてくれない?」

 とふられても篠塚は

「同性のほうが話がしやすいでしょう。錦織さんに任せますよ」

と言って相手にしなかった。

「私も何度も電話したり、直接行っているの。でも全然会ってくれないのよ」

「僕が行ったところで変わらないでしょう。別の視点というなら他の人間でもいいのでは。管理職候補の彼なんてどうです?」

篠塚は同僚の依頼に応じないどころか最近の若い奴は自身の行動で叱責を受けても謝罪どころか無断欠勤するから手に追えない、とさえ思った。愚弄された上、その相手を慰めてやるほど自分は心の広い人間ではない。最近のご時世に寄せて、これに名称を与えるならハラスメントハラスメントとでもいうのだろうか。

「馬鹿馬鹿しい」

篠塚はカップの中のコーヒーを飲み干してから席を立った。

程なくして利用者の過ごす広間に事務員がやってきて

「篠塚さん、ちょっと」

言いにくそうに壁際へと手招きした。

「お客様がいらっしゃっています」

「来客?」

「宇野さんのお母さんとおっしゃる方が来られていまして」

事務員には自分と宇野介護士の間に起こった出来事は伝わっていないはずなのに、なぜこそこそされるのか解せない。どうせ家庭内で出勤できない理由をこちらのせいにしているのだろう。いつも通りの仮面を被って表面上の応対をするか、ほぼ素のままの自分で、悪いのはお宅の娘さんです、と突きつけてやるか、二つの選択肢を天秤にかけながら歩いているうちに結論の出ないまま正面玄関へ辿り着いてしまった。

自動扉から外に出て辺りを見回すが思っていた姿がないので首を傾げていると

「ちょっと」

背後から声を掛けられて篠塚は打たれたように振り返った。そこには赤字に花柄の目立つロングスカートに、V字の胸元が強調された黒Tシャツを着た女が壁にもたれ掛かるように立っていた。派手な出で立ちのこの女が宇野職員の母親だと気付くまでにしばらく時間がかかった。

女は小首を傾げた状態で篠塚を見やると

「ここの管理者さんってあなた?」

尋ねた。

「代表というわけではありませんが、一応管理者の一人ではあります」

「そう」

女はそう言うと篠塚を頭の先から足の先までそれこそ値踏みするように視線を走らせた。初めは似ても似つかない親子だと思っていたが、その表情のどこかに宇野介護士と同じ部分を見つけ、篠塚は反吐が出そうな思いで女と対峙した。女は数歩こちらへ歩みよると

「あの子しばらく休んでるって本当?」

体の前で腕を組んで尋ねた。

てっきり自宅で出勤拒否になっている娘の代わりに過保護な母親がやってきたのだとばかり思っていたがどうやらそうではないらしい。篠塚は

「ええ、一週間近く休んでおられますが」

しかし相手は納得していない様子で体の前で腕組みをしたまま

「隠してるんじゃないでしょうね!」

と凄んだ。狂気染みた表情で迫ってくる女に異様なものを感じ篠塚は相手が近付いてきた分だけ距離をとる。

「なぜ僕が彼女を匿わなければならないんです」

「会社」ではなく、「僕」と言ってしまったのには公園での出来事が咄嗟に頭を過ったからかもしれない。

「一週間以上連絡が取れないなんて今までないのよ。あの子お金も寄越してこないし、良くない男に貢いでるんじゃないかしら」

「プライベートなことまで知りません」

「大体介護士なんてお金にならない仕事なんてしないで身体売って稼げばいいのに。育ててあげた恩を返してもらわないと困るわよ」

(何を言っているんだこの女は)

 篠塚は胸糞悪い心持ちになって少しだけ語気を強くした。

「お宅の事情は知りませんが真面目に働いている介護士を侮辱するのはよしてください」

 言外に宇野介護士のことも含めた。

「まあ、いいわ」

女は、あなたに免じて許してあげる、とでも言いたげな様子で腕組みを外すと、急に名刺を差し出してきて

「今度遊びに来て」

と媚びるような笑みを浮かべて篠塚の肩に手を置いた。

「はあ」

 相手は背中を向けるとそのまま高いヒールを鳴らして車に乗り込んで帰っていった。

篠塚は先程まで女の手のあった左肩を反対の手で払うと、手の中の名刺を握り潰し近くのごみ箱に捨てやってから事務所に戻った。

室内に足を踏み入れると

「やっぱり私の言った通りだったでしょう」

と錦織が胸を反らせている。

「さすが篠塚さん!」

「は?」

一同の尊敬の眼差しを感じて怪訝な顔をしていると

「私が言ったのよ。あのお母さんすごくしつこくて、他の人間じゃとても追い返せなくて。篠塚さんの言うことだったら聞くと思ったのよ」

どいつもこいつも手のかかる、と思ったがそこには敢えて触れず席についた。

「強烈なお母さんでしたね」

「訳ありだな」

周囲はこの話題で持ちきりになっていたが篠塚は興味なしといった体で、利用者のいる部屋へと向かった。

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