第2話 篠塚さん、相も変わらずスマートだね
『陽だまりハウス』に到着すると車内に冷房を効かせ車には施錠をしたままにするよう新人の宇野に指示を出してから、篠塚は中へと入っていった。受付女性から決まりきった検温を求められ必要事項を記入してから顔を上げると左の通路から見知った顔が現れる。
「いやあ篠塚さんじゃないの」
この少し恰幅の良い男は高遠健吾といい、篠塚が老人保健施設で働いていた頃の同僚であった。
「お久しぶりです。高遠さん今はこちらですか」
「うん、ここでサービス担当責任者をしてるよ。いやあ懐かしいなあ」
「そうでしたか、ここでサ責を」
「それにしても相も変わらず羨ましいくらいにスマートだねえ。僕なんてほら」
と腹部の肉を軽く叩いて見せる。何と返して良いか分からず曖昧な笑みを溢していると
「そういえば今日は榊原さんの迎え?」
「はい」
「管理者自らお出迎えなんて大変だねえ」
「いやいや大体どこもそんなもんでしょう。ことに僕のところは規模が小さいですから。それに今日は一人じゃないんです。車の中で新人が待機してまして」
「期待の新人かあ」
と高遠が快活な笑みを溢した。
「じゃあよろしくお願いします。榊原さんは今そこの食堂だから」
それだけ言うと軽く頭を下げて行ってしまった。
(高遠さんまた太ったな)
決して口には出せない一人言を心の中で呟いてから詰め所の職員に一礼して用件を告げる。車椅子に乗った少し大柄な男性の後ろ姿が見える。相手の正面に来てから、篠塚は腰を屈めて自分の高すぎる背では合わない視線を、相手が顔を上げなくてもよい位置まで下げた。
「榊原さんはじめまして。デイ『こもれび』の篠塚と申します」
儀礼的なあいさつをしてから、この新しい利用者が果たして自分の事業所の利用者とうまくやっていけるだろうかと推し測った。『こもれび』は基本的にレクリエーションメインのデイサービスだが、利用者には認知症がある者もおり、知的でもの静かに見える年配男性が好んで通う場所には思えなかった。おそらくケアマネージャーが『こもれび』と同じ運営系列の事業所所属のための采配だろう。と、ここまでを瞬時に考えて篠塚は昔から慣れている営業スマイルを浮かべた。
相手はそれに応じるように爽やかな笑みを浮かべてから
「よろしくお願いします」
と少しだけ頭を下げた。
公用車に戻り
「宇野さん」
新人職員に車から降りて挨拶をするよう促してから立ち位置を変える。
「榊原さん、宇野と申します。今日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
眩しい笑みをこぼす職員に篠塚は目を細めた。自分にもこんなときがあっただろうか。一瞬だけ過った感傷を捨て置いて、車の後部ドアを開き、車椅子用のスロープを下ろすと
「できる?」
単語だけで尋ねた。
「はい」
新人は慣れた手つきで乗車用のベルトを引っ張ると、車椅子に金具を引っ掛けてボタンを押した。体格の良い榊原は女性職員一人で支えるにはいささか力がいりそうだったため、篠塚は一人でやらそうと思っていたにも関わらず少しばかり手を出してしまった。
「ありがとうございます」
「いや」
ドアを閉めて座席に乗り込むと、後ろを振り返る。
「お待たせしました。これから『こもれび』に直行しますので」
ハンドルを握り直した。
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