第20話 代行者〜天秤座〜




「何も聞かずに承諾するとは人間はおかしな生き物だな」


姫宮巴の頬に手を伸ばし触れる。


「そうかもね」


間違いなく微笑んでいたのに彼女の瞳の奥に宿る光を見て一瞬息が止まるジュゴラビス。


姫宮巴は桜の木のように気高く美しく花びらが散ってしまうくらい儚い存在に感じた。


「それに聞こうが聞くまいが結果は一緒。そうでしょう」


「ああ、その通りだ」


自分は姫宮巴を選んだ。彼女以外代行者にするつもりは無かったしどんな手を使っても彼女を代行者にするつもりだった。


「行こう」


木から降りた姫宮巴が手を伸ばす。


ジュゴラビスはその手を掴み姫宮巴の後をついていく。





「手を離せ」


ジュゴラビスの姿は今この場では姫宮巴しか見えない。


そのせいかジュゴラビスと手を繋いで歩いていると、他の人間からは変な歩き方をしている変な人と思われた。


自分のせいで姫宮巴に不快な思いをさせたくなく冷たく言い放つ。


「君は優しいね。名前はなんて言うの。私は姫宮巴。皆からは姫って呼ばれているが好きに呼んで」


ジュゴラビスの言葉は無視して話し出す。


「ジュゴラビス」


結構冷たく言ったはずなのに無視して話しかける姫宮巴にやっぱり変な人間だと思う。


「ねぇ、ジュゴラビスは甘いもの好き?」


そう尋ねたのに返事を聞かずに店の中に入っていく。


ジュゴラビスは姫宮巴が出てくるのを外で眺めている。


「(えっ、今手を離すのか。さっきは無視したのに)」


姫宮巴の行動に困惑するジュゴラビス。本能でこれから自分は彼女に振り回される羽目になるとわかる。


「お待たせ。いっぱい買っちゃったよ」


ジュゴラビスの手を掴み白い箱を見せる。





「どれがいい?オススメはこれとこれ。あっ、でもこれも美味しいよ。こっちも…」


白い箱の中に入っていたケーキをジュゴラビスに選ばせる。


「あっ、飲みものはコーラでよかった?」


「かまわない」


コーラが何か知らないが姫宮巴のさせたいようにさせることにした。


「そう。ならよかった」


コップいっぱいに入った氷の中にコーラを注ぎジュゴラビスの前に置く。


「(黒い飲みもの…コーヒーに似た飲み物なのか)」


恐る恐るコップを持ち口に含む。


「ゴホッゴホッ」


ジュゴラビスは炭酸の飲み物を初めて飲み驚いて上手く飲めなかった。


「大丈夫か」


ジュゴラビスの背中をさする。


「この飲み物はなんだ?」


一体自分に何が起きたのかわからずコーラの入ったコップと姫宮巴を交互にみる。


「あー、もしかして初めて飲んだの」


そう尋ねると頷くジュゴラビス。


「他の飲み物取ってくるよ」


やらかしたと思い一階にいって別のものを取りに行こうとする。


「必要ない。さっきは初めてで驚いただけだ」


そう言うともう一回コーラを口に含む。さっきのような失敗はしないと。


「美味しい」


一回目は驚いて味などわからなかったが二回目は口の中がパチパチとはじけるのを感じながら飲み込む。


「でしょう。私めっちゃコーラ好きなんだ」


ジュゴラビスの言葉に嬉しそうに笑う。


「はい。次はケーキ。ケーキとコーラの組み合わせは最高だよ」


そう言って十種類の中から好きなケーキを選んで食べて欲しいと。


「じゃあ、これを」


ジュゴラビス何選んだのは最初に姫宮巴がオススメした苺のムースケーキ。


「オッケー。じゃあ、私はこれにしようっと」


苺のムースケーキと苺のチョコムースケーキを箱から取り出し皿にのせる。


「うーん。美味しい。やっぱりここのケーキ屋さんが一番だよな」


ケーキを口に入れ顔が蕩けて幸せな表情をする。


「ほら、ジュゴラビスも早く食べなよ」


「ああ」


姫宮巴に言われるままケーキを口に入れる。神であるジュゴラビスは初めて人間の食べ物を口にする。


怖くないが、味は本当に大丈夫なのかと心配する。


「美味しい」


強張っていた表情が和らぎ笑みを浮かべるが、今は凶悪な顔つきをした化け物なので姫宮巴には凶悪な顔つきが笑ってさらに凶悪になった風に見えていた。


「でしょう。ここのケーキ屋さん本当に美味しくて大好きなんだよね」


あっという間にケーキを平らげおかわりする姫宮巴とジュゴラビス。結局買ったケーキを全て食べてしまう。



「ふー。美味しかった」


お腹を撫でながら後ろへと倒れる。


「(人間の食べ物がこれほど美味しいとは。中々侮れないな)」


すっかりケーキに魅力されてしまったジュゴラビス。


「そう言えば私に頼みたいことがあるって言ったよね」


ふと最初にジュゴラビスが言っていた事を思い出しパッと起き上がる。


「私の代行者になって戦って欲しい」


「(簡潔でわかりやすいけど、説明下手糞だな)」


心の中で突っ込む姫宮巴。


「詳しく聞かせて。代行者とは何か。戦ってどうするのか。そもそもジュゴラビス君は何者なのか、とかね」


先程まで無邪気で笑っていた顔が妖しく微笑む。


「ああ、そうだな。そもそもの始まりは我らの王、星の神…」


そう話し始め今に至るまでの出来事を説明する。これから起こる代行者と神の殺し合いの戦いについて。


「殺し合いね…」


まさかの頼みが命をかけた戦いだとは思わず頭を抱える。


やるって言ったからにはやるがあの時の自分をぶん殴りたい気分になる。


いや、でも結局やるって言うだろなと思う自分あの時の自分の判断は間違ってなかったと今度は褒めたくなる。


「私が代行者になるのに一つだけ条件がある」


「何だ」


「他の代行者を殺すか殺さないかは私が決める。さっき言ったよね。勝敗はお互いが納得したら問題ないって」


ジュゴラビスが戦いのルール説明を聞いたとき、そらを聞いて別に殺し合いをする必要はないと感じた。


「ああ、そうだな」


「つまり、殺さなくても大丈夫ってことでしょう。殺さずに済むのならそれが一番でしょう」


「…わかった。姫の判断に任せよう」


渋々といった感じで了承するジュゴラビス。


殺した方が確実なのに一体何を考えているのか。思考や価値観は似ている筈なのに何故違うのか。


戦いが始まれば考え方も変わるだろうと説得はしなかった。


そもそも、姫宮巴とジュゴラビスの価値観や思考が似ているといっても生まれた世界が違うから全く一緒というわけではない。


天秤座を司る神は善と悪、生と死、あらゆる物を秤る力がある。日常的に死を見ているジュゴラビスにとっては当たり前のことで姫宮巴にとっての日常で人が死ぬのは当たり前ではない。


仕方ないと諦めるジュゴラビスとなるべく死んで欲しくないと思う姫宮巴。


ジュゴラビスと姫宮巴は根本的なところが違っていた。




「(アスター。代行者が決まった)」


神力で天界で報告を待っているアスターに話しかける。


「お待ちしておりました。ジュゴラビス様」


「遅くなってすまない。彼女が私の代行者だ」


「初めまして。私はアスターと申します。以後お見知りおきを」


姫宮巴に頭を下げる。


「私は姫宮巴です。こちらこそよろしくお願いします」


アスターがしたように頭を下げて名を名乗る。


姫宮巴が頭を下げたことに驚くもすぐに気持ちを切り替える。


「では、これより巴様には天秤座を司る神の代行者としての証を体に刻んでいただきます」


「それはどこでもいいのか」


「はい。構いません」


二神のやり取りを見て「(どう見ても化け物だよな。アスターの方が神様に見える。まぁ、神と人間感性は違うんだろう)」と無理矢理納得する。


ジュゴラビスに自分は神だと言われたときは絶対嘘だろと疑ったが、同時に嘘はついていないとも確信してしまった。


「どこがいいとかあるか」


頭の中で考え事をしているといつの間にか目の前まで来ていたジュゴラビスにそう問われた。


「ジュゴラビスが入れたいところでいい」


面倒くさかったから勝手に入れてもらうと考える。


「わかった」


そう言うと姫宮巴の心臓の上に手を置き神力を注いでいく。


まさか、そこに手を置かれるとは思わず一瞬ドキッとするもすぐにそこは心臓の上だと気づく。


「これでいいのか」


「はい。問題ありません。では、私はこれで失礼します」


服の上から紋章が入ったことを確認し天界へと戻るアスター。


「あれ?もう帰ったの?」


アスターが急に消えたのでジュゴラビスにそう尋ねる。


「ああ」


「そっか。じゃあ、夜ご飯の準備をしないとな。何か食べたいのはあるかい」

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