俺の好きな女は、今頃きっと抱かれている

オニイトマキエイ

【短編】俺の好きな女は、今頃きっと抱かれている。

俺の好きな女は、今頃きっと抱かれているだろう。


スマホには23時29分の文字。

特に目的もなくネットサーフィン。悶々とした気持ちを治めたいだけ。

動画投稿サイトから好きな配信者の動画を拾うけど、まるで頭に入ってこない。

2分ほど視聴したところで中断してしまう。


俺が思いを馳せる女、ユリカちゃんとのトーク履歴を何度も見返してしまう。

既読がついてからもう8時間以上、彼女から連絡はない。

今頃、楽しんでいるのだろう。返信することも忘れてしまうほど。



優しいだけが取り柄の男は女にモテない。



よく聞く言説だが、俺は典型的な『優しさだけが取り柄の男』だった。


しかし、おかしいではないか。

優しい人間の方が良いに決まっている。

それじゃあなにか?

恋愛相談をされた時に親身になって答えるよりも、勝手にしろと突っ撥ねる方が好感が高いのか?

店員がお釣りを渡し忘れた時に優しく注意する彼氏より、人目も気にせず恫喝してくれる彼氏の方が男らしいっていうのか?

でもそうじゃない。


決まって世の女性は、優しい人が好きだと答える。

店員に横柄な態度を取らない人が好きだと答える。


だけど結局、俺は選ばれない。

親身に相談に乗っていた俺は選ばれない。

他に何人も女を作り、ユリカちゃんを性欲処理の為だけに呼びつける。

そんな男が選ばれる。そんな男に、ユリカちゃんはずっと夢中になっている。


俺は知っているんだ。本当はクズの方がモテる。

風紀を乱さず、真面目に勉強して好成績を収め、時には勉強を教えてあげたり。

だけど俺は、恋愛対象のれの字にも入らなかった。

クラスの女子たちが揃って好きになったのは、髪を茶髪に染め、制服を着崩し、教師に反抗するような不良だった。


俺がユリカちゃんと出会ったのは、マッチングアプリだった。


俺は真面目に彼女が欲しいと思っていた。

そんな折、俺とマッチングしたのがユリカちゃんだ。

俺と同い年の24歳。

陰気で特徴の無いフツメンには恐れ多いほどの美貌だった。

金色に染めたセミロングの髪。

少し濃い目のメイク。色白の肌。カラコンなしでもバッチリの目力。

身長は167㎝。ヒールを履いたら俺より背が高い。

それでいて華奢で脚もスラっと長い。

兎にも角にも、良いところを挙げていくとキリがない。


最初は、彼女から恋愛相談を持ち掛けられるところから始まった。


「好きなセフレがいるんだけど、関係を切りたくて困ってるの。忘れさせてくれるようないい人が見つかればと思ってアプリを始めたんだよね」


聞けば、そのセフレというのはとんでもない男らしい。

名前はリュウ。

確かに顔は、俺なんかとは比べ物にならないイケメンだ。

最近流行りの、中性的で人懐っこい感じだ。

曰く定職に就かない27歳のフリーターで、日々の支払い等は全てユリカちゃん持ち。会うと必ず行為を強要され、事後にはピルを飲まされる。

機嫌が悪いと暴力を振るわれ、気まぐれで真夜中に外へ放り出されて締め出されるなんてこともあるという。


「そ、それは大変だね。ユリカちゃんはどうして関係を続けているの?」


「ハハッ、自分でも分からない。なんでだろうね。本当に、馬鹿だよね」


「い、いや!そんなことない。俺で良ければいつでも相談乗るよ!俺はユリカちゃんの味方だから!」


「ありがとう。優しいね」


「俺って優しさくらいしか取り柄ないからさ……」


それから連絡を取り合ううちに、俺はいつしか彼女のことが好きになっていた。

俺を求めてくれているという事実だけで、恋に落ちたのだ。

いつか、このクズ男から必ずユリカちゃんを取り戻す。

いつか、ユリカちゃんに振り向いてもらう。

ただそうなる未来を思い描きながら。


「また呼ばれたから行かなきゃ。多分、明日まで返事できないと思う」


「やっぱり会いに行くの?なんで自分から傷つきに行くのさ!」


「リュウくんも可哀想な人なの。あたしが彼を護ってあげないと。社会が彼を見捨てたのに、あたしまで見捨てるなんてできない。好きになってもらえなくても、せめて欲望の捌け口くらいには役に立ちたいの」


「ユリカちゃんの人生は!?毎日必死に働いて、仕事が終わったら1時間かけてその男の家に通って、ヤって金を渡して帰ってくるなんて!ユリカちゃんの人生はそれでもいいの!?」


「いいの。あたしって馬鹿だから。でも、あたしの精神が壊れてしまわないように、これからも相談は乗ってくれたら嬉しいな」


「乗る!乗るよ!ユリカちゃんの頼みならなんだって!」


「ありがとう。じゃあ、そろそろ行ってくるね」


トーク履歴を遡って眺めた。

俺は居ても立っても居られなかった。

彼女が今頃、淫らに身体を揺らしているのかと思うと精神が狂ってしまいそうだ。



その時、スマホが震えた。

着信だ。相手はユリカちゃんだった。

俺は慌てて通話を繋ぐ。

電話口から聞こえてくるのは、虫の羽音のようにか弱い掠れた声だった。


「お願い……迎えにきて……ごめんね……ごめん」


「わ、分かった!すぐ行くから!すぐ行くから待ってて!」


彼女になにかあったに違いない。あの男だ。絶対にあの男なんだ。

俺は迷わずに冷蔵庫から包丁を持ち出してバッグに入れると、車のキーをブン取って車に乗り込んだ。

男の家の場所は聞いている。ココからだと約1時間。

明日も仕事だが構うものか。最愛の人が危機に瀕しているというのに、じっとしている奴がどこにいるんだ!コレこそが、本当の優しさじゃないか!


深夜の道路は車通りも少ない。

法定速度を破り、今まで出したことのないような速度で公道を走り抜けた。


そして俺は男の住んでいるマンションに辿り着いた。

フリーターらしく、ボロい外装のマンションだ。

セキュリティもあってないようなもので、すぐに階段まで侵入できた。

大急ぎで4階まで駆け上がり、俺は決死の覚悟で部屋に突入する。


男の部屋は施錠されていなかった。

部屋の中に飛び込むと、俺の視界に信じ難い光景が飛び込んできた。


「あぁん?アンタ、誰?この女のツレ?」


男が顎で示した先には、全裸で横たわったユリカちゃんの姿があった。

腹には何度も殴られたであろう痣が刻み込まれている。端正な美貌も、腫れ上がって酷いものだった。そして勿論、行為を物語る証拠が散乱している。


「……ユリカちゃんを、助けに来た」


「あぁ?要らねえよこんな女。引き取ってくれるなら持って帰ってくれよ」


「どうしてこんな酷いことを」


「この便所とヤるのも飽きたからさ、ちょっとスパイス加えようと思ってね。だから裸で散歩させようと思ったの。落書きとか色々してさ、便所が便器舐めたりしてるの想像したら面白いでしょ?」


「なんてことを……」


「そしたらこの女、嫌だとか言いだして。ムカつくから何発か殴ってたんだよね。だって俺の言うことなんでも聞くのが取り柄なのにさ?それすらできないなんて、なにができるの?この便所は」


高笑いしながら煙草の煙を吐く男に、俺は激しく殺意を覚えた。

抑えろ、理性を保て。息を荒げるな、落ち着け俺。


「あ、アンタさぁ、もしかして童貞?だったら使ってもいいぜ?俺が命令したら股開くからよ。ま、俺の使い古しでよければだけど」


男は再び笑うと、ユリカちゃんの裸体を灰皿がわりにトントンと灰を落とした。

彼女の顔が苦痛に歪む。俺はもう、これ以上は耐えられなかった。


俺はバッグの中から包丁を取り出して威嚇する。

もう引き下がれない。もう自分の感情を制御できない。

このままでは眼前の男を刺し殺してしまいそうだ。


「なんだよ、アンタ、そんな物騒なモノ持ってきやがって。この女がどうなってもいいっていうのか!」


男は素足でユリカちゃんの腹を踏みつけて牽制するが、今の俺には逆効果だった。

頭の中でなにかがブチッと千切れる音がしたと思えば、次の瞬間には、俺は包丁を片手に突進していた。


この悪を倒せば、ユリカちゃんは解放される。

彼女がこんなに傷つく必要もない。

俺が、護ってあげるからね。


「うおおおおおおおおッ!」


俺は猛々しい雄叫びと共に奴の懐に飛び込んだが、勢いだけだった。

部活動も筋トレも真面目に取り組んでこなかった俺の攻撃は、軽々と男に見切られてしまった。包丁を持った腕を掴んだ男は、ガラ空きの俺の腹に渾身の拳を1発、2発、3発と叩き込んでいく。


「ウボォゲェッ……!」

「きめぇんだよ!アンタみてぇな陰キャラが!俺は1番嫌いなんだ!」


何発か殴られると、さっきまでの威勢が嘘のように、俺は全身から力が抜けて床に膝をついた。包丁からも手を放して嘔吐いていると、トドメの一撃が飛んできた。

男の容赦のない蹴りが俺の頬に炸裂し、情けないことに俺は完全にノビてしまった。

大の字になって朦朧とする意識の中で天井を見つめる。

そんな時でも否応なしに、聞きたくもない男の声が耳に入ってくる。



「……チッ、指が切れちゃったよ。最悪だ、痛ぇ」


「だ、大丈夫?あたし、絆創膏持ってくる」


「早く行けよ、使えねえ女だな。ていうかユリカ、コイツ誰だよ」


「え?う~ん、ネットの知り合いみたいな。でもまさか包丁持って襲いに来るようなヤバい人だと思ってなくて」


「なんだ、彼氏とかじゃないんだ。つまらないの」


「違うよ!あたしが好きなのはリュウくんだけ!あたしはリュウくんだけのモノなの。助けてくれてありがと、カッコよかった」


「そう?じゃああの男が見てる前で記念にもう1発ヤッとこっか。ほら、足開けよ」


「えっ……見てるのにぃ……アッ♡……イヤッ♡」



俺は絶望した。

俺が助けに来たハズの女は、なぜか俺より軽傷の男を必死に看病し、挙句の果てには快楽に溺れ始めた。

何度も妄想したユリカちゃんの裸体が、いま目の前で揺れている。

まるで俺の存在を消し去っているかのように、2人だけの世界に浸っている。


「いいぞユリカ!こんなに気持ち良いのは久しぶりだよ!コレならもう少し俺の傍に置いてやってもいいな」


「アッ♡嬉しい!リュウくん、好きぃ……好きぃ!」


「俺、来月誕生日でさッ!欲しいモノあんの!」


「えっ。うん!リュウくんの為ならなんでも買うよ?好きなもの言って?」


俺は頭の中が真っ白になっていた。

ユリカちゃんは、きっと一生俺にの方には振り向いてくれないんだ。

俺は絶望する一方で、局部が徐々に反応して固くなっていることに気づいた。


ユリカちゃんは、いまも男に腹を殴られている。

鈍い音と、低めの呻き声。

喉や尻など、彼女の身体は隅々まで男の玩具として使われ続ける。

ユリカちゃんは、涙を流していた。


立ち上がって、男を殴り飛ばしてでも止めないといけないのに。

あろうことか俺はズボンのチャックを下ろしてパンツを脱ぐと、手を上下させて気持ちよくなっていた。


俺が絶頂した後も、2人の行為は終わらなかった。


俺はなんだか、急になにもかもどうでもよくなった。

あの男に殴られたことも、ユリカちゃんのことも。


彼らを背に足早に部屋を去ると、俺は通路から下を眺める。

夜風が頬に当たって心地いい。4階からは、街の明かりをよく見渡せた。



――いや、死のう。



俺は通路の策に足を引っかけると、フッとその場から飛び降りた。











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