夢の中 ❸

 パーティーの終わりごろ、勝浦さんの親友2人が巨大なお皿に乗せて、あるものを運んできた。

 それは巨大なシュークリームだった。高級なレストランのメインディッシュに乗せられている銀色の蓋みたいな、巨大なシュークリーム。

 ケーキじゃないんだと内心思ったけど、親友の1人が「かっちゃん、シュークリームだよ」と言った時の勝浦さんの嬉しそうな表情を見れば、なるほどこの場に相応しいのはシュークリーム以外にないなと思えた。

 でもこんな大きなシュークリーム、どうやって切り分けるんだろう。そう思っていると、勝浦さんの親友2人がそれを引っ張り合いはじめた。ちぎるつもりらしい。

 クリームが飛び散るんじゃないか、五等分は難しいんじゃないか、まあ一番大きいのを勝浦さんが食べればいいか、僕は一番小さい切れ端を貰えればいいや──なんてことを思いながら見守っていると、シュークリームは案の定というか綺麗に半分にはならず、だけどある意味綺麗に、巨大な誰かが一口食べたみたいに、片端が千切れた。

 中のクリームは結構もったりしていたようで、飛び散ることはなく、こたつの上のお皿にいくらか落ちただけだった。


 そのクリームの中から、何かが出てきた。シュークリームから出てきたのだから、普通クリームでベトベトになっていそうなものだけど、それは不思議とまるで汚れていなかった。

 それは『何か』としか言いようがなかったが、あえて例えるならコンビニで売っているような包装された手巻き寿司を真っ黒に塗り潰して、横に3つ並べて繋げたようなものだった。

 勝浦さんの親友の2人が用意したものなのかなと思ったけど、ちらと見やると2人ともいぶかしげな顔をしていた。どうやら彼女らの仕込みというわけではないようだった。が。

「まっ、いっか」

 勝浦さんの親友の1人がそう言って、クリームの中から『何か』を拾い上げると、

「はい、これ! プレゼント」

 勝浦さんに3連手巻き寿司を差し出した。どうやらあまり物事を深く考えないたちであるらしかった。得体の知れないものを親友に手渡す思考は理解しがたかったけど、躊躇ちゅうちょなくそれを受け取る勝浦さんを見ながら、これが親友というものなのだろうかと、まともな友達すらいない僕は思った。


 直後。勝浦さんが目を見開き、絶叫して、3連手巻き寿司を放り投げた。


 勝浦さんは3連手巻き寿司に『何か』を見たようだった。勿論もちろん、勝浦さんの瞳は何も映してはいないのだから、見たという表現は正確には正確ではないんだろう。それでも僕の目には──そんな風に映った。

 その『何か』が何かはわからない。ただ後から思ったのは、3連手巻き寿司は勝浦さんが視力を失う原因になった『何か』に似ていたのかもしれないということだった。


          ●●●


 勝浦さんの精神状態がよろしくないということで、パーティーはお開きになった。

 帰り道、勝浦さんの親友の2人は意気消沈といった様子で、当たり前かもしれないけど勝浦さんのトラウマを知っていて嫌がらせや悪ふざけで3連手巻き寿司を用意したというわけではないようだった。


 でも、それに納得できなかった人が一人いた。彼だ。

 彼は勝浦さんの親友2人を非難した。何が親友だ、親友なら『あれ』が勝浦さんを傷つけることくらいわかったはずだ、お前らは勝浦さんの目がなんで見えなくなったかすら知らないんだ、お前らは親友のくせに勝浦さんのことを何も知らないし知ろうともしてなかったんじゃないのか──

 最初、2人は唐突に(もっとも彼にとってはそうじゃなかったんだろうけど)まくし立て始めた彼の勢いに押されて言われるがままだったが、段々と混乱していた頭に理性と感情が戻ってくると、自分たちが、自分たちと勝浦さんの友情が侮辱されていることに気づく。彼女らはこれまでの分を取り返すとばかりに言い返し始めた。

 親友だからってなんでもかんでも知ってなきゃいけないわけじゃないでしょ、親友でも知られたくないことくらいある、そもそも親友どころか友達ですらないアンタが私たちの関係にとやかく言うな、つーか友達ですらない奴がなんでそんなにかっちゃんのことに詳しいんだよ、キモいんだよストーカー野郎──

 舌戦で段々と劣勢になっていき、ついには言い返す言葉がなくなった彼は、しかしそれでも収まらない怒りの矛先を僕に向けた。

「お前も何『自分は関係ありません』みたいな面して突っ立ってんだよ!」

 間抜けな話だけど、最初その言葉が自分に向けられているとは思わなくて、胸ぐらを掴まれてようやく、ああ僕に言ってたんだと思った。

「僕の方がずっと前から勝浦さんのことが好きだったんだ、勝浦さんのこと何も知らないくせに……」

 おこがましいんだよ。興奮していて正確には聞き取れなかったものの、彼はおおむねそのようなことを口走った。

 僕はといえば、呆気に取られていたというのもあったんだろうけどそれに対して特に対抗意識を覚えるでもなく、何を言い返すでもなく、そうなんだ、すごいな、きっと僕よりは彼の方が勝浦さんに相応しいんだろうな──というようなことを思っていた。


 きっと最初から、僕の愛なんてそんなものだったんだろう。

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