夢の中 ❷

 ある時、どうしてそんなことになったのか今でもわからないんだけど、勝浦さんと、勝浦さんといつも一緒にいる親友の女子2人と、彼と、僕、合わせて5人で勝浦さんの誕生日パーティーをすることになった。

 勝浦さんの親友2人が声を掛けてきたのだ。「今度かっちゃんの家で誕生日パーティーするんだけど、来ない?」と。

 クラスの全員でパーティーをするから、末席の僕にも一応声が掛かった──というわけではなく、僕をご指名のようだった。

 なんで僕? とは当然思ったけど、断る理由はなかったし、上手い断り方もわからなかった。

 何より、勝浦さんとお近づきになれるかもという期待がなかったといえば嘘になる。3年の12月、冬休みの直前。これを逃したら、勝浦さんと接点を持てる機会なんて、たぶん二度と来ない。とりあえず「行きます」と答えた。

 答えたあとに、やっぱり少し不安になって「本当にいいんですか?」と聞いた。


「親友くんも呼ぼうか? 居心地悪かったらそっちと一緒にいればいいし」

「親友くん?」

「ほら、あの、いつも一緒にいる」

 ああ彼は友人ではないんです、と言おうとしたところで

「行きます」

 背後から彼がそう答えたので、僕は訂正の機会を失った。


          ●●●


 果たして、その日はやって来た。

 集合場所は学校の正門前だった。僕が勝浦さんの家を知らなかったからだ。

 正直なところ当日まで「僕は彼女らに騙されていて集合場所に行ってみたら誰もいないのではないか?」と懸念──というより、もはや逆に期待していたまであったのだが、実際にはそんなことはなく、僕は勝浦さんの親友を疑った自分をただただ恥じることになった。

 勝浦さんの家はブロック塀に囲まれた、昭和レトロなんて気取った表現もできなくはないものの端的に言ってしまえば古臭い家で、同じような家が軒を連ねる昔ながらの住宅街にあった。

 ところが、外装から予想したものに反し内装はとてもおしゃれだった。古いといえば古いのだが、家具や調度品は『古臭い』というより『アンティーク』という表現がしっくりくるような代物であり、そのままカフェでも開けそうな雰囲気を醸し出していた。細かく見ていけばそこかしこに昭和家屋の片鱗が見えるのに、勝浦さんの家の入口はどこか別の場所に繋がっていたのではないか──なんて、非現実的な妄想をしてしまうくらいには外と中が乖離した不思議な家だった。

 勝浦さんの部屋はそんな家の二階にあった。木製の家具と、カーテンなんかの布類は暖色系でまとめられた温かみのある部屋で、真ん中にはこたつがあった。木製の天板が乗った、緋色のこたつ布団のこたつ。

 この部屋のコンセプトが勝浦さんの趣味なのか、勝浦さんの親の趣味なのかはわからなかったけど、なんとなく勝浦さんの趣味なんじゃないかと思った。根拠はなかった。せっかく何の奇跡か好きな人の部屋を見られたのだから、好きな人の趣味を垣間見られたとした方が嬉しいというだけのことだった。だから正しくは勝浦さんの趣味だと『思うことにした』だった。本当になんの根拠もなかった。10割願望だった。


 それにしても──と僕は思った。僕は今、好きな人の家の、好きな人の部屋にいる。僕と勝浦さん以外にも3人いるとはいえ、だ。なら普通はもっと胸がドキドキしたりとか、するものではないのだろうか。だというのに、僕は不思議と落ち着いていた。

 勝浦さんの家のこたつで脚を温めながら、なんでだろうと考える。そうして気づいたのは、勝浦さんとの距離がいつもより近づいたようでいて、結局のところ『いつも通り』だということ。勝浦さんと友達が仲良くワイワイしているところを、僕は結局遠くから眺めているだけということだった。


 でも、僕がそんな状況に対して悲しいとか虚しいと思ったかといえばそんなことはなくて、むしろ幸せを感じていた。勝浦さんが、親友と幸せな誕生日を過ごしている。僕の存在が、勝浦さんをより幸せにはしないまでも、少なくとも邪魔してはいない。それだけで、僕にとっては十分だった。

 ハッピーバースデイ、勝浦さん。

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