第12話 逸歌の初恋

 正直、小一男子、京終逸歌きょうばていつかは初対面の坂木秀明さかきしゅうめいの魅力にクラクラしていた。

 お友達のえっちゃんに呼ばれて、バラヤキなるものをごちそうになりに来た。バラヤキと言うくらいだから、お花に関係ある食べ物なのだろう。長兄を伴って、「二人増えたから、追加分」と長兄がスーパーの肉売り場に寄っていったのは、頭を傾げざるを得ない。

「坂木さんの京都の家だよ」

 大変、良い匂いがした。扉を開けると、本だらけだった。

 ホットプレートの上で、お肉とたまねぎとタレとが渾然一体となって、じゅうじゅう言っている。いつも暗い表情をしがちなえっちゃんが、きゃいきゃいしていた。隣には、えっちゃんと同じくらいの年のお兄さんがいる。髪の毛は長くて、後ろで一つに束ねている。控え目な感じが、少し父を思い出させる。

「おお、逸歌くん。来たね」

 えっちゃんの隣に座る。菜箸で、ぐるぐるかき混ぜる。

「お父さん、もう少しでできるよ」

「ああ」

 お兄さんが声をかけたのは、部屋のすみっこで本を読んでいる男の人だった。父よりは若いが、兄よりは年上だろう。

「じゃあ、ごはん分けてくるね」

 立ち上がり、台所へ向かう。逸歌は下を向いた。胸がちくりとする。

 兄の顔を見上げる。えっちゃんと仕事の話をしている。

「はあ? また依頼ですか? そんな調子で、私が大学卒業したらどうする気ですか」

 ちらりとお兄さんを見ると…。怒っていた。言葉にはしないが。

 兄が気付き、手を振る。

「別に取って食わないからね?」

「まあ、エリーゼさんも、お仕事あったほうが…」

「良かったねえ。エリちゃん。就職決定」

 坂木さんがヘラヘラ笑っている。

「はい、ごはん」

「ありがとう」

 お茶碗を受け取る。ごはんを食べている最中も、ちらちらと坂木さんを盗み見た。

 お腹がいっぱいになって、兄に寄りかかっていた。坂木さんが手を差し出す。

「はい。メン子ちゃんゼリー。あげるよ」

「メン子ちゃん? だれ?」

 ぽやぽやした頭で考える。

 バラヤキは、バラバラのお肉をたまねぎと甘辛いタレにつけて焼いたもの。えっちゃんがおすすめしてきた、ごぼうのしょうゆ漬けもおいしかったなあ。

 手の中には、メン子ちゃんゼリー。力が抜けて、いくつか転がり落ちる。

 何だか、坂木さんはドラマの中のお父さんみたいだった。

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