第11話 光源氏じゃないですか

 ある日、京都の坂木さかき家で、美古都みことさんの帰りを待ちながら。

 世の中には、「ポリアモリー」なる概念があるらしい。

 現代社会の日本において、恋愛や結婚は一対一が正しい、好ましいとされる。つまり、それと対になる考え方である。

 坂木父からそういう言葉があるのだと教えられたとき、私は口走った。

「光源氏じゃないですか」

「うん、まあねえ…。でも、実際の平安時代の貴族で、官職持ちはなかなかのブラック職場だったそうだよ。しかも、やはり、正式な奥さんは一人だけ」

「まあ、そうですよねえ…」

 非常につまらないと思った。

「もうファンタジー小説じゃないですか。男女双方から見て」

「だから、流行ったんだろうね。あれ、男は書けないよ」

 女官は、大抵、主人にはべっているものだろうし。男性貴族の現実は、知れないだろう。

「でも、現代でも、結婚はしたくないけど、恋愛脳の人っていますよね。現在の結婚制度が瓦解すれば、逆説的に光源氏的家族いけませんかね?」

 坂木父が、遠いところを見遣る。

「うん、まあ、大っぴらに言わないだけで、そういう人たちもいるだろうね」

 そこで、坂木秀明さかきしゅうめいの後妻を公言している美しいひとのことを思い出した。のどがぐっと締まる。お茶をどうにか飲み込む。

 坂木父が首を傾げる。立ち上がり、坂木父の耳元で囁く。

「ちょっと小耳に挟んだのですが。石矢世津奈いしやせつなさんが、二児の父とか…」

「ああ、うん…」頷き、こちらを見上げてくる。「なんかね、咲楽さくら曰く、兄と弟の二人はラブラブらしいよ。周囲の大人たちは、まあ、男同士だからいっかって」

 いいのか? それは、いいのか?

 まあ、席に着きなさいとすすめられる。座った。

 坂木父は、机に肘つき、手にあごを乗せた。

「男女だったら、心配もあるけどね…。うん」

 そこで、私は一息吐く。

「と言うか、あの人の奥さん的には、色々どうなんですか?」

「あのね、くれさんが言ったんだよ。石矢君の初恋が私なのは仕方ない。事実だからね。でも、後になって、石矢君を実質的に育て上げたのが、年の離れた姉二人だと知り、己の妹を石矢君の結婚相手にとすすめてきたんだよね」

 心なしか、坂木さんの表情が固い。

「まあ、あなたたち男子二人は呉碧くれあおいさんの信奉者だったからまだ理解できますよ」そこで、ずいっと顔を近づける。「問題は、妹さんの心情ですよ。普通、一回り上のまあイケメンですけど、過去完了進行形で坂木秀明とラブラブイチャイチャしている男の人と結婚したいと思いますか? いいえ、思いませんよ」

 坂木さんは、ふっと笑った。

「それこそ、石矢君は呉碧から教わった言葉を伝えたんだよ。夫婦だからと言って、恋愛関係にならなければなんてことは決してない。もちろん、君も他に好きな人がいてかまわない。だから、純粋に考えてみてほしい。僕は、結婚相手としては、かなりの優良物件だと思うけどとね」

 目からうろこが落ちた。

「そうか。結婚と恋愛と生殖は別でいいんですね」

「そうだよ、エリちゃん。だから、仲良し三人組で一緒に暮らしなよ」そこで、咳払い。「この家買っちゃったし」坂木さんのいい笑顔。

 その提案は、なんだかとても素敵なことのように思われた。世界がキラキラして見える。

 玄関から、美古都さんの「ただいま」が聞こえてくる。

「なんとスーパーで、バラ焼きを見つけたんだ。みんなで食べよう」

 ほくほくしている。すっと手を上げる私。

「この前、坂木家の男子三人といっしょに寝たと伝えたらば、えりりんとえりこに、エリーゼえろい、エロガッパとこきおろされたので、逸歌いつかくんを呼んでも構わないですか?」

 ぽかんとする坂木親子。

「それだと、またはすっぱ扱いされるのでは?」

 うんうん首を振る美古都さん。

「だって、小一男子ですよ? どうにもなりませんよ? え、私、ショタだと思われてるんですか? 三木みき高エリ三人衆の二人に?」

「エリーゼさん、二人に何て紹介したの?」

 ぐっと息を呑む。

「私と同じ一年生で、同じ干支の男の子ですよ!」

「ああ…」

 親子の声が重なった。

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