第10話 川の字の刑

「遊ぶ金欲しさにやりました」

 衝撃の事実を聞いた美古都みことさんが、その場に崩れ落ちる。

「そんな…」

「いや、そんなに嘆き哀しむコトかな?」

 育ての父をキッとにらむ美古都さん。思わずニマニマする坂木さかき父。後ろで、石矢いしやさんも一緒になって肩を震わせている。

 京都の某カフェ。机の上には、坂木父の新刊。表紙は、青空に柿の朱色がよく映える版画である。下方から舌打ちが聞こえる。ん?

「ああ…。お父さんにエリーゼさんを寝盗られた気分だよ」

 立ち上がり、椅子に腰掛ける。シャツとセーターに和服の羽織。可愛い。

 本を手に取り、表紙を開く。帯をどかし、そこに印刷された名前を指差す。

「ほら、『版画 松本まつもとエリーゼ』って書いてある」

「まあまあ」坂木父が手を伸ばし、息子の肩をぽんぽんする。「これは、お前たちがモデルになったお話だから、表紙の絵もエリちゃんに任せるが良いと思ったのさ」

のぞみくんは、本貰ってその場をくるくる回ってたけどね」

 石矢さんは机に肘を乗せて手を組んでいる。

「何それ、可愛い」

 すかさず石矢さんがスマホで動画を見せてくる。美古都さんも顔を寄せて、覗き込む。横目で見ると、ほわあっとしている。

「臨ちゃんが喜んでるなら、いっか…」

「そうですねえ」

 ここで、ガシッと肩に手を回される。

「はい? 美古都さん…?」

「やたらと、夏休みに坂木家を訪ねてくると思ったらこんなことをしていたんだね…」

 うひゃあ…。ああ、大蛇にでもなりそうな…。

「だから、その…。絵を描いたら、お金くれるって言うし…」

 しどろもどろである。

「うん、良いんだよ。良いんだけどね…」

 全然、納得してなさそうですけど? しばし、うんうん唸る美古都さん。ぱあっと顔が明るくなる。

呉碧くれあおいさんが言ってた、『複数人ならそれが若い男女でも一緒に寝ていいんだよ』ってやつ!」

 私は、首を傾げる。

「え、誰と誰が寝ると…?」

「だからさ、坂木家の親子三人とエリーゼさんだよ」

「ああ…」素敵な環境音だなあ。「ああ? それ、いいのかな?」

「何の話だっけ、それ?」

 坂木父が石矢さんのほうを向く。

「えっと…。どこかに行く…。ああ、ほら、今星野リゾートになってるところだよ。そこで、入社式もしたってニュースでやってた」

「でも、あれ、結局、石矢くんは呉さんのおじいさんの部屋で寝たよね?」

「じゃあ、お父さん、寝たの?」

「寝たねえ」

 余裕の笑み。大人。ドキドキ。

「じゃあ、川の字の刑ね!」

「はい…」

 甘んじて受け入れた。








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