第9話 南部せんべい

「だから、私は、坂木秀明さかきしゅうめいポジションなんですよ。よって、両手に花が許される。はい、逸歌いつかくん」

 いつものお座敷。南部せんべいに水あめを挟んだのを渡す。

「ありがとう、えっちゃん」

 美味しそうに、食べている。

「これが、おばあちゃんの気持ちか!」

「はい?」

 怪訝な顔をする京終きょうばて兄。

「不思議だったんですよ。毎日、デイサービスから、ティッシュに包んだお菓子を持って帰ってきて。孫は、可愛いなあ…」

 ほくほくする。

「いや、先に子供だよ?」

「そりゃあ、我が子におやつも最初は感動するでしょうが、途中からもはや義務じゃないですか。娯楽も義務になるともはや仕事」

「ああ、うん…」

「えっちゃん、水あめって何から出来てるの?」

 あごに指を当て考える。

「麦芽糖って書いてあるから、麦じゃない?」

「えっ、南部せんべいも麦から出来ているのに、水あめもなの?」

「麦で麦をサンドしてるのか!」

 知らなかった…。

「そっかあ、水あめも麦も金色だもんねえ」

 京終兄は、自分で南部せんべいに水あめを塗って食べる。

「っていうか、南部せんべい汎用性高くない? せんべい汁になったり、間にお赤飯挟めばお皿いらずだし、某美術館のカフェでは、ジェラート乗せてるんだぜ?」

 小昼こんびり、終わり。

 三人で、色塗りを再開する。逸歌くんはお手伝いだが、私はアルバイトである。

「おかしいなあ、年々、仕事の依頼が増えていくんだよなあ…」

 虚ろな目で、京終さんがぼやいている。壁にかけてあるホワイトボードを見上げる。

「何かよく知りませんけど、コラボが多くないですか?」

「そうなんだよ、そう! 昔、地元京都のロリータショップとコラボしちゃってから、『あ、じゃあ、うちも』ってなって!」

 黙々と作業する逸歌くん。大好きなお兄ちゃんの負担を減らそうと必死である。

「あのね、えっちゃん。僕のお母さんはみつくんの大ファンなの。この絵が完成したらポスターになるんだよって。で、お母さんがニコニコするとお父さんもね」

「何、この良い子!」

 何だか中学文化祭の模写絵を思い出すと呟く。

「私は精確ではないけど、仕事が早いので、モリモリ進むのです」

「えっちゃんは、感性の人だからねえ。芸術の理論は勉強できても、感性ばかりはねえ…」

 人生百年ぽっちでは好きな絵も描き切れないと師匠にこぼしたところ、京終のアトリエに居る子に手伝わせてみてはとなったらしい。

「いやね、美古都みことさん…。近頃、和装がお気に入りでもはやおしかけ女房じみてきているのですが。育ての母に似て、好きな子はとことん甘やかすタイプなんですよ。うっかり卒論なんか代わりに書いてもらったら、学長賞とかもらっちゃいそうで恐怖でしかない」

「別に大学院進学しないんだったら、まあアリっちゃあアリでは?」

 首を傾げる京終さん。

「まあ、うちの大学、卒論のテーマはかなり自由らしいので、何かしらは自分で仕上げようと思いますよ」

 うんうん頷く京終さん。自宅用の着物。たすきがけしている。

「あの、京終さん」

「はい?」

 顔を上げる。

「何で、着物なんですか?」

「ああ…。腰痛対策かな。知ってる? 三十過ぎたらぎっくり腰になるんだぜ」

「三十なんて、十年後じゃないですか! それってもっと年配の人がなるものでは…」

 現実的な恐怖である。特に、人生の体力マックスが十四、五歳の人間には。

「だから、普段から運動しなさいっておうお先生が言ってるでしょ。えっちゃんも、動かないと蜜くんみたいになるよ」

「実際、腰に帯巻いていると楽なんだ。動きが制限されたほうが、訳わからんポーズ取らないですむし」

 まさか美古都さんも腰痛対策で私に着物をくれた訳ではあるまいが。顔をしかめる。

「そうかあ…。やっぱり、日本人には合ってるんですかね。着物」

「うん」

 黙る年長二人。目がブルーとグリーンで何を言うかとは、口に出すまい。


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