第8話 現実の話です

「ごめんなさい。あなたじゃないみたい」

 いつになく沈んだ声。目を逸らして、続ける。

逸歌いつかくんは、私のミューズにはなれないの!」

「こちらこそごめんね。えっちゃん…」

 机に突っ伏して泣くお姉さんに覆い被さる我が弟。

 初夏。何だかよく解らないが、逸歌くんはフラれたのだった。

 しょんぼりしたようすで、えっちゃんの部屋から出てくる。抱きついて、頭を押しつけてくる。いや、泣かんでも…。

「僕は無力だ…」

「え、うん…?」

 どこで覚えてきたのか。顔を上げると、目が赤い。

 そう言えば、前に、えっちゃんが嘆いていたっけ…。あなたの弟は、ちゃんとしているので女装には適さないと。何の話だ。まあ、こちらも親戚の男の子に、ロリータ服着せて…? いや、あの子、完全に自分から喜んで着てたよね? だって、明日香あすかちゃんだし。

 部屋から、えっちゃんが出てきた。

「あの、版画作ろうと思って」

「はい?」

 大学のすぐ近くに画材屋があるにはあるが、なかなか素人には入りづらいとの話だった。

「いや、大学の横の商店街、人類が滅んだのかなってくらい人が居ないんですよ。ラジオから音楽だけは流れてくるのですが」

「……。ホラーかな?」

「現実の話です」

 あいにく、版画はやらないので、版画の道具は後で僕が買ってくることにした。

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