第6話 寝顔

 リニューアルされて久しい駅で下車する。

 石づくりの常夜灯を横目に広場を進む。四つ辻を渡ると、すぐ三条通である。学校の廊下を想起させる狭い道である。

 前方には小高い山。春を告げる儀式が行われる所である。関西の春は、常にここから広がる。

 東向商店街を通り過ぎ、猿沢池を過ぎ、興福寺へ至る階段を上る。砂利が敷き詰められた中を進む。あちらこちらに鹿が居る。東大寺の大仏殿付近へ向かう。

 そこに、彼女が居るはずだ。白いワンピースに、若草色のニットを着て。

 エリーゼさんは、寝ていた。木製のベンチの上で丸くなっている。足元には、京極夏彦の文庫本が落ちている。拾い上げる。

 おんもらきのきず。

 口中で呟く。ああ、もうそろそろシリーズを読み切ってしまう。要らぬ心配をする。ちらと、寝顔を盗み見る。遠くからは見えなかったが、桜モチーフのヘアアクセサリーとチェリーピンク色した唇を確認する。

 逡巡した。故郷に残してきた大切な後輩に知らせるか否か。

 とりあえずスマホを取り出して撮影する。

 綺麗だ。

 父も、呉碧くれあおいを殺した時、こんな気持ちだったのだろうか。目を閉じて、妄想する。

 我慢できなくなって、身を屈める。ベンチに片手をつき、エリーゼさんの顔を覗き込む。

「おはよう。エリーゼさん」

 エリーゼさんは、変な声を出した。そして、もがき、落ちた。愉快だった。

 起き上がったエリーゼさんの顔は真っ赤だった。チェリーピンクと同化するくらい。

 手首を引かれ、現場から逃げ去る。自分の肩越しに見た、幻の殺害現場。

 うん。せっかくだから、お話の中ではちゃんと殺そう。

 道すがら、教えてもらった。下宿先はアトリエだから、家主は常駐している訳ではないらしい。

 きっと父か母が僕を呼ぶのならば、主の留守にしなさいとエリーゼさんにアドバイスしたのだろう。

 冗談ではない。これではまるでこちらが間男みたいではないか。

 いや、そもそも、二人が男女の仲には決してなるまいと父が判断した結果なのだ。

 まあ、エリーゼさんの性格からして、見も知らぬ年上男性に惹かれることなどありえないのだけど。

 ただ、高村臨たかむらのぞみと僕の二人が面白くないというだけのことである。

「ああ、結局、お父さんと世津奈せつなが喜ぶだけじゃないか」

 頬を膨らませる。

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