第3話 アトリエに住む

「もともと社会人のための夜間大学だったんで、寮とかないんすよ」

 顔を上げると、絶望的な顔をした石矢いしやさんその人がいた。大学合格の報告をしに来たのである。変な間。

「え、だったら、一人暮らしするのかな?」

「うん」

 私は、簡単に頷いた。猛烈な勢いで、地図を手繰る石矢さん。

「あ、ほら! ここがエリちゃんの通う大学で、ここがあいつのアトリエだ! そうだよね、坂木さかき君!」

「ん?」

 書斎からようやく出てきた坂木父。石矢さんの手元を覗き込む。

「そうだね。ここらへんの駅の間隔は短いから、十分徒歩圏内だよ」

「それは良かった。朝、自転車でごっつんこしてから、目の敵にしてるんすよね。あいつ」

 もちろん、自転車のことである。

「確か、あいつ、京終きょうばてにある町家に住んでるんだろ。いくらなんでも全室を使っているということはあるまい。そう、エリちゃんの部屋くらい貸してくれるに違いない。何せ大学四年間で数百万円は家賃にかかると思えばあいつを脅せばタダに…」

 鬼気迫る表情で、早口でまくし立てる石矢さん。ん? 私は、静かに首を傾げる。気付けば、家主に確認する前に、石矢さんは私の親に了承を取ってしまっていた。

「え…?」

 私は、見も知らぬふわふわおじさんのアトリエに下宿することが決まったのだった。

「だって、エリちゃん。君が、孤独が原因で死んでしまったら、男の子が二人哀しむだろうに」

「私も孤独死は現実的な脅威として認識しております」

 真顔で返す。

「ほら」

 昔、具合の悪くなった大学生が救急車を呼んだら、来なかったんだよねと石矢さんが宣う。

「え、間に合わなかったんですか」

「タクシーで病院行けって言われてそのまま」

 それはなんとも浮かばれない。坂木父がちょいちょいと指で私を呼ぶ。

「君と私はよく似ているから解るんだ」隣室で肩に手を回す。「高校三年間で出来なかったことは、大学四年間でも出来やしないよ」

 結果、脅しに屈したのである。

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